パワーストーンの真実。

舎人独言

健康&グルメに・・・ 翡翠 のパワー。

Paris canaille 和訳 シャンソン 名曲

物見高くって喧嘩っ早くて俺流の生き方を堂々と、というかそれしかできない
生き方がいっぱい集まったパリなのかな。とにかく、この勢いを聞いとくれ^^

アトピーや乾燥肌など肌トラブルでかゆい方の約70%はかゆみが消えます。
ステロイドで効果がない方を含めてです。
で、魔法の水 とよく言われます。違います。
「宇宙」とか「人体」と同じように、現代の科学がまだ追いついていないだけ。
ヒスイウォーターは新しい技術として注目されている、太陽光と同じマイクロ波や
テラヘルツ波を生かした水。舎人が約20年も飲み続けている安全で美味しい品格の水です。。
かゆくて眠れない方のヒスイウォーターリポート

青雲舎(株)の翻訳を信じるなら翡翠マグも信じてくださいネ。
明治時代の人には電子レンジが信じられないようなものですが、
誰もディスっていないでショ?^^ ちょっとしたキセキなのです。
味わい・お茶・お酒・味噌汁などで試していらっしゃる方のヒスイウォーターリポート

  

Paris canaille パリ・カナイユ は、 パリ野郎 というタイトルで
知られます。ですが、どうも致命的な誤訳ではないでしょうか?
だって、「野郎」じゃあ女性は含まれていないことになります。
かといって パリ女郎 じゃ笑っちゃうし^^
まぁ翻訳当時、ジェンダー差別というコンセプトはなかったでしょう。
結果として傲慢かつ不見識ではありますが、当時はまだオスを以ってヒト
を代表するという、のどかな、アホな時代ではあったわけで。
(しかし日本の女性はグローバルスタンダードで見ると、総体的に甘えてるネ。
ガラパゴス化しちゃってる!?)

カナイユ の語源はイタリア語の canaglia  で 犬の群れ という意味。
16世紀に成立した言葉のようです。
犬になぞらえられるくらいの社会の最下層の庶民という意味です。
まぁ、有象無象(うぞうむぞう)の連中 くらいが意味としては適訳かな?
プロレタリアートじゃぁ階級意識が露骨な用語ですし。
でも、それにしたって男も女も関係なくパリ市民は存在しますよネ。
結局のところ「野郎」は誤訳でしょ!?
男目線とはいえ、レオ・フェレ、ちゃんと女性のことも描いています。
ほら、最初のヴァースで女性が描かれているじゃない!

パリ という自分たちが誇りとする街に、「お前」と呼びかけたりしています。
その「お前」が「女」とか「プロの革命家(の手先)」とか「資本家」とか、
いろいろ変化していて、レオ・フェレ、もう融通無碍どころじゃない!

創唱したカトリーヌ・ソヴァージュCatherine Sauvage 、作者自身の
レオ・フェレ Léo Ferré 、ジュリエット・グレコ、イヴ・モンタン、
ザーズの動画でどうぞ♪ 

パリ ヒモさ               *1
その筋の娘(こ)の目にはサ        *2 
お前のペテン師の雰囲気
お前の古なじみの擦り切れた装い
そして お前の雄叫びの
アコルデオン(アコーディオン)
そんなの金になりゃしない
でも まったくもって結構なのサ

お前さんたちのジゴロども          *3
バスティーユのメトロ(地下鉄)んところで
お前さんらの服をはぐ(商売させる)     *4
お前さんらの下着に酩酊しようと       *5   
(男どもは)そりゃぁ 叫びまくるんだ
でも まったくもって結構なのサ

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リラの裏稼業            *6
パンタンの花たち 
商売は大盛況サ
ちょいと客の袖を引いて
効き目はバッチリ
オールシーズンと来た
そりゃぁ 金になるよ
それで まったくもって結構なのサ

デデ・ラ・クロワ(十字架のデデ)        *7
べベール・ダンベール(アントワープのべベール) 
何か月にもなる
彼らがよろしくやってるのは
さて こうした婦人たち
承知のうえさ 二重結婚ってのは
でもって まったく結構なのサ

パリ 盗賊だね 手の早い
お前にゃ友だちはいない 警察には
ネオンというお前のブラウス(装い)の下
お前は(とりすました)賢人などではありゃしない
だけど まったくもって結構なのサ

ホールド・アップ(手を挙げろ)だ 専門家たち   *8
歴史的記述としちゃ 前へ進め だ
戦略のためと来た
罪な話サ
すべての音域(領域)にわたって
片づけちまえ お前のコペイカを        
でなけりゃ そりゃ結構

そら ひとつだ               *9
そら ふたつだ
寄こせよ 俺に 5フランコインを3枚    *10
で、お前さんはご機嫌だ
最終版と来た
お前さんは地獄の仕事中なのサ        *11
しかし そいつも結構だ

そら とどのつまりだ
ほらな なんにもなりゃしない
お前はギャングだ
パン屑並みの
うまいことやらなくちゃな
人を狙い撃つには
次の時は
お前さん きっとうまくやるだろうサ

パリよ 俺は持っている
非情の心に
美しきマナーのオープンアカウント(清算勘定)を
失敬
必要とあらば その時には やらなくちゃ
だけど まったくもって結構なのサ

世の中ではだ
ひどく得体が知れないことに
みんなして評価する議員が
衣料品のちゃちなマネキンだ           *12
手への接吻(見た目の上品さ)は違うんだ
だけど まったくもって結構サ

渡しな カネを
そらきた 金ピカ
安っぽい一撃だ
And gentleman(そしてだ ジェントルマンだ)  *13
不渡りの小切手の束サ
我慢しなくちゃな
だけど それも結構

ちっちゃな街サ
サントノレ             *14
プチ・フール(クッキー)3つで
おいらは行くんだ サプライズパーティへ    *15
サプライズしっぱなしの
みんなビックリ
だけど それも結構なんだ

パリよ 俺は飲んだサ
灰色の声で 道すがら         *16
お前が言葉を声に出す
希望はないゼ お前のボロ着にゃ
(お前にあるのは)舗道だけだゾ
だけど それも結構サ

お前の無宿人たち
派手にやらかすサ
だけど 橋の下にゃ
セーヌが流れ
ロマンスを求めて
幻想が流れ込む
だけど それも結構だ

道をはずした娘っこたち
場末じゃ
恋が育つ舗装された草原サ
でもって さらに育つもんだ
家の中でも
人は間違ってるサ
だけど それも結構サ

虚ろな表情だ
流れの中で
そこにゃ通りがあって
ボートみたく
こんなザマでちょいと縦揺れサ
甲板にいるわけだ         *17
ご苦労なこった
だけど それも結構サ

パリよ バンザイ         *18
お前には祭り魂がある
それも幾百万もサ         *19 
お前の詩人たちのために
数サンチームは俺のシャンソンに
これが韻(ライム)を踏むってヤツ
で それも結構なのサ

無断転載はご容赦ください。リンクはフリーです。

  
貧すれば鈍する。だからワルもいっぱいでしょうが、最貧層それ自体は悪じゃない。
善人なおもって往生を遂ぐ、いわんや悪人をや(親鸞聖人が言う、この悪人って
犯罪人というより皮革商人とか当時、上品ではない職業人をも意味したようで、
その意味ではフランスの カナイユ に相当にピッタリ)。というわけで、
そんな「悪人」だって命を精一杯燃やして自分の人生を生きている。 
誰だって自分のかけがえのない人生を生きているわけで、
その一点では、お上品そうに見えるセレブも大貧民もご同様。
さすがアナキスト。レオ・フェレは底辺の人々に共感を寄せ、貧民大行進といった
シャンソンを書いたわけです。有象無象の庶民の集まるパリの讃歌ですネ。

1955年の映画「巴里野郎」 Paris-Canaille でカトリーヌ・ソバージュが
歌っているが、どうも映画の邦題がそのままシャンソンのタイトルとなって
歌詞の内容は考慮されなかったみたい・・・。ま、そこまでこだわる日本人って
あまりいない? むしろ細かいとかオタクっぽいとか、白い目で見られちゃう。

*1 Paris marlou  marlou とは英語なら pimp、ヒモ、ポン引き。
   ここは ヒモのパリだ と翻訳したいところだけど。

*2 Aux yeux de fille のうち、
   fille は女子を意味する単語の単数形。
   fille 自体に冠詞がなく、yeuxに冠詞 がついているが、定冠詞である
   lesという点が意味深。誰でもいいわけではない或る種のビジネスにある娘。
   そんな歌い手と聴き手の間の暗黙の了解があるわけです。

*3 女たちに稼がせているヒモたち

*4 ジゴロは抱える女たちに仕事をさせているわけで、
   ジゴロの意思の結果として女性は服を脱いでいると言えるわけです。   

*5 お酒に酔うわけじゃない。じゃあ、何にかって、そんなこと、
   いくらなんでもはっきり歌えるはずがないじゃない^^
   さすがの有象無象どもでもネ!   
   乱暴で猥雑ではあるけれど、人としての品性を失っているわけじゃない。

*6 Brins には「違う局面」「裏面」の意がある。
   Lilas は地下鉄のPorte des Lilas駅。
   Pantinはやはりmétroメトロ(地下鉄)のPorte de Pantin駅のこと。

*7 デデ・ダンヴェールは1948年、アントワープを舞台にした
   娼婦を扱った映画のこと。シモーヌ・シニョーレの出世作。
   Yves Allégret監督。邦題は「デデという娼婦」。
   Dédée d’Anvers の詳細はこの行をクリック

*8 Hold-up savants
   Pour la chronique
   Tractions avant
   Pour la tactique
   Un p’tit coup sec
   Dans le diapason
   Rang’ tes kopecks
   この件(くだり)を解釈するとっかかりは、上記引用の
   最後の行にある kopecks コペイカ でしょう。
   ロシアの貨幣単位を代表するルーヴルの100分の1の価値のコペイカ。
   ルーヴルと言わずにコペイカを使っているところがミソです。
   無政府主義者レオ・フェレが、「戦略のため」あらゆる領域で影響力を
   浸透させようとするソ連の資金援助を、見かけ倒しのクズ扱い(あるいは
   危険視)し、ひも付きの金になんか手を出すもんじゃないと喝破しています。
   レオ・フェレの伝法な物言い。作者にならってカトリーヌ・ソバージュも
   「けったクソ悪いわ。取っ払っちまえ!」と言わんばかりの勢いです。
   「でなけりゃ」は、ソ連のひも付きの金が入っていなけりゃ
   ということ。かつてはソ連ですが、こんなひも付きって至る所にあるよネ!
   
   革命の輸出あるいは敵対勢力の弱体化が目的の援助資金ですから、
   最初の行にある savants 専門家 とは、プロの革命家
   つまりソヴィエト連邦(ソ連)のノーメンクラーツ(指導者)ほか
   ソ連を指導する官僚らを意味すると取るべきでしょう。
   敷衍して、ソ連なりの意を受けたフランス国内の手先どもも含まれるでしょう。
   そのソ連の手先らに、敵対するアメリカの言葉で Hold-up 手を挙げろ 
   と言い放つわけですから、なんともシニカルな物言いですね。

   また2行目にある Pour la chronique は、
   「年代記としては」とも「記事としては」とも、含意としては
   どちらも成立していそうで、ダブルミーニングでしょう。
   「年代記として」は歴史的記述と意訳したが、いかにも進歩的知識人が
   ご大層にカッコつけている様を皮肉って採用した言葉でしょう。
   「記事としては」は、後段へつながっているように見えます。 
   後段とは A la la une  A la la deux のこと。
   ソ連から与えられる秘密資金が1単位、2単位と数えられると同時に、
   新聞の1面、2面とも受け取ることが可能。
   秘密資金が流れてある種のイベントなり、それが新聞記事になることは
   当然、ありえる。(例えば、どこかの国の原水爆禁止運動とか・・・)
   1、2の流れで、半ば地口的に trois(3) が出てくると見えるが
   クロニクルを記事ととらえた場合、5フラン金貨3枚で記事スペース
   を売った、とも解釈できる。

   記事のインパクトを測るやり方は、どこの面に掲載されたかが第一。
   やはり1面が、その日の記事の中では最も重要な意味がある、と第三者
   である新聞によって評価されていることになります。
   で、その1面の右上が一番に重要なスペース。見出しや割り付けを考える
   整理記者らを含めて記者たちはここを「頭」とか「トップ」と呼びます。
   頭(あたま)はどちらかというと新聞制作を意識した、内輪の専門用語
   としての使われ方です。トップは制作だけでなく社外での評価などさまざま
   な要素が含まれたちょっと外部向けのカッコつけた使い方です。
   頭(あたま)は1面、社会面ほか各面にあります(次に大事な場所は、頭
   の記事がある、その左横。準トップとか言われます)。
   頭の記事だから、見出しに背景となる凸版(とっぱん)がつけられのが普通です。
   特別扱をすることで、記事の格(重要度)が高い、という評価が形になっているわけです。
   それほど価値が高いとプッシュ(押し、ネ)されているわけで、当然、
   見出しは大きくなります。そんな事情で、頭の記事には普通、凸版と横見出し
   があしらわれますが、もちろん縦見出しも伴っています。
   その縦見出しは、文章の分量をある程度反映しているので、扱いが大きい
   記事は、(縦見出しが)5段の扱いなどという言い方で記事の扱いを評価
   します。何段にわたって占めているか、その記事の評価基準となるわけです。
   1段の中にゴチック(太字)で見出しがついて、記事が収まってしまうのを
   ベタ記事と呼びますが、それに比べて、5段の記事はやはり、より高い価値
   がある記事を書いた、ということになるわけです。

   ともあれ、その記事が最初の読者である整理記者によって評価されるわけ
   ですが、1面の頭で凸版の横見出しが「〇〇〇〇」、5段の扱い、などと
   言います。これは記事を書いた記者が、第三者の評価ではこれくらいの記事
   を書いた、ということかと自己判定する基準となっています。つまり、やぁ
   今日はトップ記事を書いてやったゾと内心、快哉を叫ぶこともあれば
   今日は(記事の)扱いが悪い(小ちゃい)などと残念がることになるのです。

   で、それが確定するのは最終版。印刷地から遠い地域から先に順次
   締め切りが12版、13版。14版と設定されていて、少しずつ時間が進んで、
   最後に本社がある場所で印刷されるのがその新聞の最終版(14版)です。
   当然、12版以降のさらなる情報がつけくわえられ、速報よりも詳報へと記事は
   深まっていきますが、そのニュースの社会的意味も次第にはっきりしてきています。
   パリ・カナイユの歌詞の中に出てくる「最終版」は、そんな意味なんですね。
   ちなみに翌日(初報)以降、同じ案件で報道することを続報といいます。

   ということで、特ダネは最終版での競争になります。
   その地域の各紙が刷り上がった最終版を新聞社同士で見せっこしますが、それを交換紙といいます。
   この交換紙を見みて、「あ、抜かれた。やりゃぁがったナ」なんて特ダネの軽重が話題に
   されます。で、重大な特ダネで、つまり自社にとっては特落ちというレベルの中でも
   余りに大きいネタですと、特別に「追っかけ」をその夜の編集トップが決めたりします。
   14版の最終版よりもさらに新しい版になるわけです。
   ところが、さらにさらに重大な特ダネだと、交換停止という事態になります。
   そうなると、ほかの新聞社は気になって気になって、なんとか交換停止した新聞社の最終版を
   手に入れられないか、大騒ぎをすることになります。
   (重大事件なりが起きた場合は、12版・13版でも追っかけはあります)

*9 À la la une
   À la la deux
   Fil’-moi trois thunes 
   言葉の響きからして、レオ・フェレは茶化しているようです。
   une は、新聞の 1面 という意味とも、支援で渡されるお金の単位
   が1つ分、deux は2つ分(と同時に2面)、trois は3つ分(3面)
   となるのでしょう。la chronique が「記事として」でしたら、1面、
   2面、3面であり、歴史的記述(事実)ととらえるなら、1つ分、2つ分
   3つ分 となります。ダブルミーニングでしょうネ♪

*10 3つ分の金を俺に寄こせ、そしたら紙面化してやる、という
    マスコミでの資本の論理を皮肉っています。
    この辺、レオ・フェレは、さもし気な、下卑た雰囲気で、嫌そうに描いています。

*11  Tes en galère  galèreは、 痛み 仕事 地獄の意。

*12 マネキン オランダ語起源の言葉のようです。元の意味は「小男」。
    レオ・フェレはこの語源を知っていて、どうしてもマネキンという言葉
    を、この風刺を効かせたシャンソンで使いたかったのかもしれない。
    偉そうな議員連中も所詮、誰かに使嗾(しそう)されているマネキン=小男なのサ!

*13 And gentleman は、共産主義をやり玉に挙げ、返す刀で、今度は
    フランスより強大な金融業界を抱えるシティー(ロンドン)、ウォール
    街(ニューヨーク)といった英語圏の金融関係者への物言い。
    だから英語になっているところがミソですね。
    and は、お次は・・・といった感じで、右も左も蹴っ飛ばせという
    レオ・フェレの心意気^^  彼なりの かくあれ、パリよ でしょう。

*14 Un p’tit faubourg
    Saint Honoré 
    faubourg は本来、郊外という意味。p’tit がついているので、
    初め ちょっと外れ と訳した。しかしフォーブール・サントノレは
    貴族やブルジョワが集まるフォーブール・サン=ジェルマンと同じ
    18世紀初頭にカルティエ(街区)として新しく誕生しています。
    モンマルトルだってfaubourgが頭について呼ばれていました。本来のパリ
    であったシテ島(シティの語源、ノートルダム大聖堂がある)から次第に膨張
    していく中で、当初、フォーブールと呼ばれる事情は新開発や合併などで当然だった
    としても、そして今もそんな風に呼ばれることが残っているとしても、翻訳では街
    (まち)くらいに受け止めたほうがほうがいいのではないでしょうか。

    サントノレ通りは、ルーヴルのある1区と凱旋門のある8区、つまり、
    日本人の感覚では現在のパリのど真ん中を通っています。
    エリゼ宮殿(大統領官邸)は8区のまさにフォーブール・サントノレ通り
    にあります。パリというより、フランスの国家権力の象徴として、レオ・
    フェレは Saint Honoré を出しているのかもしれません。

    通りの名前の由来となった聖オノレは、パン・菓子職人の守護聖人で
    サントノレというケーキ(丸いパイ生地の上にプチシューをリング状に
    あしらい、真ん中はクリーム)がある。このシャンソンでは、プチ・
    フール3つを持参して個人宅を訪れる姿が描かれていますが、作詞した
    時のレオ・フェレの脳の中で、連想の火花が次々にひらめき、飛ぶ
    様子が目に浮かぶようですネ^^

    フォーブール・サントノレ通りとサントノレ通りは高級ブランドがずら
    りと並び、エリゼ宮殿もありと、華やかさはパリでも最高クラスの場所。
    住民だってそれなりのクラスの人たちですから、この歌の通り、そこの
    パーティへ高級ワインならともかく、ちっちゃなケーキ3つで労働者とか
    庶民が押しかけたら、そりゃあっちはビックリ、個人宅へ入れてもらえて
    こっちもビックリ! み~んな On ビックリだよね^^
    となると p’tit faubourg の p’titは、いささか敵意というか階級的
    反発、皮肉が込められているわけで、そんなものに恐れ入ったりはしないゾ
    大したことなんてあるもんか といった気分の反映と取るべきでしょう。
    p’tit faubourg って、結局、ちんけな(ちゃちな、ちっぽけな)街サ
    って啖呵(たんか)を切っちゃってる?^^
    本当はご大層な街で、とてもじゃないけど気楽などとは言えないけれど、
    敢えて ちっちぇえ、ちっちぇえ とばかり、気楽に振る舞っちゃう
    カナイユたちの反骨精神、バリバリのパリ野郎を想定するのも可能ですし
    ネ。(ウン、あり得る、あり得る) 

    Surpris’party
    Surpris’restons
    On est surpris   と、サプライズが3つも重ねられています。
    どうしてサプライズ=驚きが3乗になっているのか、納得できる説明を
    求めると、上記のように「身分・階級・クラスの違い」を想定するのが
    最もリーズナブルな気がします。そんな背景を抑えて、ここは、
    「ちっちゃな街サ」と翻訳しておきます。
  
*15 週末、アパルトマンなどでホームパーティが開かれることが多いが、
    ワインとか食べ物とか、参加者が何がしかの飲食品を持ち寄るのが普通。

*16 酔っぱらって街を歩くと、まるっきりパリの建物群が   
    酔っ払いにモノを言っているよう。
    ザマぁないね、そのまま道で寝込むのか。ま、それも、いいさ^^
    後段の無宿人に続きますが、パリの酔っ払いの伝統的就寝法です。
    夏のエピソードでしょうねぇ。

*17 Dans l’entrepont  甲板にいる とは、つまり舵取りをしている。
    この段落、前段からの流れで、性的に受け取るほうが正しい気がします。

*18 Paris flon-flon フロン-フロン はブラスバンドのことで、この
    シャンソン「パリ・カナイユ」の冒頭ほかをにぎやかしているブラス
    のパフォーマンスはまさにその一例。また
    オペレッタやヴォードヴィル vaudeville(寄席)での空気感を
    表現するのに使われる言葉。
    たとえば、あのスカートをまくり上げたカンカン。
    ひそやかであるはずの殿方の性的関心を敢えてあからさまにし、
    微妙な背徳感をむしろそれを共有する享楽へと転換したダンスで
    繰り広げられたのが Les flonflons d’Offenbach オッフェン
    バックのフロンフロン であったでしょう。つまり 
    flon-flon とは Can Can の雰囲気でもあるわけで。
    調子づく、勢いに乗る、騎虎の勢いといった類語が思い浮かびます。
    阿波踊りなら、浮助とか藝茶楽(げじゃらく)みたいな?^^
   
    またオノマトペとして繰り返されると、Vive le long!  の意味があります。
    永遠なれ、バンザイ といったところ。このシャンソンではこの意味。
    21世紀のアメリカナイズされた日本では帽子を高く放り上げて
    イヤッホーとでも叫ぶほうが似合うのでしょうが、19世紀のパリ
    では、そんなバカ陽気の歓声が フロンフロン だったのでしょう。
    さんざめくどころではない浮かれ騒ぎでお似合いのフロンフロン。
    浮かれ調子のバンザイです。
    ワルツを踊る女性のスカートの裾がめくれ上がり、下に落ちるまでの
    衣擦れの音から Frou-Frou フル・フルー と題したシャンソンも
    存在しますが、フロといいフルといい、となるとちょっとエロティック
    な色彩も感じられるようで。
    エロティックな妄想は f で始まる なんて、ちょっと詩的でしょ?^^
    ともあれ、楽隊にしてもバンザイにしても、
    浮かれ気分は間違いないフロンフロンです。
  
*19 Paris flonflons ,T’as l’âme en fête
    Et des millions pour tes poètes
    Quelques centimes à ma chanson
    Ça fait la rime
 
    こんなにして韻を踏んでる と最後の行で語っています。
    flonflons と millions
    fête と poètes、 centimesとrime がそれです。    
    サンチームはフランの100分の1で、そんな少額を
    自分のシャンソンに、とは、レオ・フェレ、卑下してみせました。
    このシャンソン、レオ・フェレの出世作ですから、後の
    大成功は彼自身、予想だにしていなかったのでしょう。
    millions 幾百万もの は、もちろん「たくさん」の表現のひとつですが
    上の行の l’âme 魂 と 下の行の centimes サンチーム の
    2つにかかっていますね。
  
    19世紀だってシャンソンはあったし、ヒット曲はあったはず。
    19世紀中ごろにはすでにシャンソン喫茶やコンサート喫茶
    café-concert が、ぬかるみの先の粗末な立ち飲み居酒屋から始まり
    次第に発展していました。ステージは組み立て式でした。ちなみに・・・
    ハイヒールが必要とされたのはこのぬかるみを歩くためで、道の中央は
    ちょっと低くなった簡易下水道扱いで、そこをめがけて上から Gare à l’eau!
    (水にご注意!)の声と一緒に糞尿が降っていました。いわゆる「パリの落とし物」です。
    よくあるコの字形というか真ん中がちょっと開いたマンションなどは中庭に投げ捨てて積み重なり、
    中庭はもはやそのまま糞壺で、文字通り「花のパリくそを重ねて1000年」なんて読んだことがあります。
    ナポレオン3世(大統領:1848-1852年、皇帝:1852-1870年)の大改造でようやく道路、
    下水道、墓地など近代都市としてのインフラ整備が進みました。
    
    さて1847年には作曲家2人と作詞家の3人が著作権を払わなければ
    飲食代の支払いを拒否する(目には目を、ですね^^)とスキャンダル
    が起き、音楽著作権協会が発足するきっかけとなったそうです。
    (「パリとカフェの歴史」より)
    1835年生まれのテレサ(本名はEmma Valladon)というアイドル
    がすでに存在していて、ハスキーな声と妖艶な腰のひねりでカフェ
    は大賑わい。さすがに Thérésa テレサ の動画はありませんが、
    その大ヒット曲La femme à barbe(ひげのある女)を街角で歌って
    いる動画です。

 
    下は1938年の引退まで約500曲のシャンソンを歌った大スター
    Mayol フェリックス・マイヨール の Viens Poupoule
    (おいでよ、お前)です。パリっ子気質がのぞいています♪

    1852年の時点で、パリには20数軒のシャンソン喫茶が妍(けん)を
    競っていました。この隆盛で当然のように作詞家や音楽家が続々と誕生し
    ていきます。歌手たちも専属契約を結んでシャンソンやショー文化を盛り
    上げています。
    そうした会話と音楽の華やかなキャバレーやカフェコンセール(寄席酒場)に、
    当のシャンソン作詞家らが、暖房のない粗末な部屋から逃れてきて、創作意欲
    を満たしていたわけです。アズナヴールの「ラ・ボエーム」が彷彿されますネ。

    なら作詞・作曲家、歌手はどうやって収入を得ていたのでしょうか?
    もちろん、カフェや招かれるサロンでギャラを受け取ることができま
    すが、なかなか爆発的な大衆人気には結びつきません。
    音源など、気軽に、聴きたい時に聴ける時代ではないのですから。
    実は街角で歌手が歌っていたんですね。リンゴの樽の上に乗ったりして。
    で、歌詞つきの楽譜を売っていましたた。
    通りかかった人は、その歌を聴いて気に入ったら、
    その楽譜を買ったわけです。パリ・カナイユの歌詞の
    Quelques centimes à ma chanson
    わたしのシャンソンに数サンチーム 
    で、そんなやりとりの情景が浮かんできませんでしょうか?
    レオ・フェレ、この パリカナイユ でそんな懐かしい
    パリ情緒をも描いていたのでしょう。
    (日本でも、レコードが普及する前の明治~昭和の間、
    演歌師が街角でバイオリンとかを弾きながら歌い、気に入ったら、
    歌詞の刷り物を2、3銭で買ってもらうという形態でした。
    映画「巴里の屋根の下」なんか、主人公のアルベールがまさに
    そんな街のシャンソン歌手で、歌いながら楽譜を売っていましたし、
    映画「終電車」ではラジオで流れる流行歌「サンジャンの私の恋人」を街角で
    アコルデオン弾きが歌い、子供が取り囲んだ人たちに歌詞・楽譜を売るシーンがありました)

    パリについて、ノストラダムスは既に
    「パリが滅びない限り
    陽気な世界は滅びないだろう」と語っている。(諸世紀)
    またパリの祝祭性について、アメリカからやって来たヘミングウェイ
    Ernest Hemingway がメモワール(回想録) A Moveable Feast で
    “If you are lucky enough to have lived in Paris as a young man, then
    wherever you go for the rest of your life, it stays with you, for
    Paris is a moveable feast.”
    「君が幸運にも若者としてパリに住むことがあったなら、生涯の残りに
    どこへ行こうと、パリは君と共にあるのだ、なぜなら、パリとは持ち運び
    できる祝祭日なのだから」と語っている。

  
Juliette Gréco

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    舎人独言には
    ★エロスに変容するバラの寓意
    ★ノートルダム大聖堂の聖なる秘数
    ★オパキャマラドの風景
    ★映画「華麗なる賭け」チェスシーンのセクシーの秘密
    ★名盤「クリムゾン・キングの宮殿」の実在のモデル発見
    ★映画「男と女」サンバ・サラヴァの謎

    といった解読シリーズがあります。
  
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