世界は恋愛であふれています。
正確に言えば、恋愛に関する情報でいっぱいです。
音楽を聴いても、テレビを見ても、本を読んでも、映画を観ても、
恋愛、レンアイとやかましいほどです。
なのに、世界はいまだに恋愛に餓えていて、
まだ足りないのかとばかりに新しい恋愛物が次々に登場します。
それは孤独な人々が、孤独の溝を恋愛で埋めようと試みるかのようです。
ここ舎人独言では、過去の名作と言われる芸術作品から、恋愛の世界を紹介していきます。
恋愛の不可能性が言われる現代でも、何か、参考にしていただけるものがあるかもしれません。
初めに紹介したいのはイギリスの詩人、ジョン・ダン(John Donne)。
ヘミングウェイの「誰がために鐘はなる」というタイトルが、ジョン・ダンの詩の一節から取られ
ています。シェイクスピアと同時代の人です。
エレジーの中の1編から2行を引用します。
Licence my roaving hands,and let them go,
Before,behind,between,above,below.
さまよう僕の手に君の許しあれ
許されてこそ 二つの手は巡って行く
前に、後ろに、間に、上に、下に。
とってもインティメイトな雰囲気ですね。なかなか過激でもあります。
ライセンスに重点を置いて訳してみました
でも、「許してください」と言っている割に、女性には厳しい関係のあり方と感じます。
女性はとにかく「許す」ことを明確にすることを要望されます。
ブラジルのロベルト・カルロスという歌手に「カヴァルガーダ」
という歌があります。「騎馬行」。ベッド・タイム・ソングです。
その行為を騎馬行にたとえ、「キスを鞭として使い」とか
「星座もわたしたちを見ようと位置を変える」なんて歌われます。
行為は、星座に祝福されます。まさに星菫派です。
サビの部分では「その瞬間 支配していようと 支配されていようと
もはや問題ではない」と歌われます。
そう、男女が融合して上下はなく、支配という関係ありません。
リルケは「ひとつのバラは すべてのバラ」と書きました。
「ひとりの女は すべての女」だと。
今風に言うなら、「千の男・女になって」はどうでしょうか?
「前に、後ろに・・・・」のさまざまな瞬間に、女は千の女になって男の前にある。もちろん。
男も「千の男になって」さまざまに女の前にある。可能性が無限に広がっていきます。
行為は欲望によるだけでなく、意識によっても加速されます。
速く、より速く、濃密に、より濃密に。二人のひとつひとつの細胞の核が融合してしまうほどに。
そうやって、わたしも、君も融合した中にあって、どちらが支配しているとかいないとか、
もう大切ではない、というのは eroticな関係です。
ジョン・ダンもリルケも、 erotic なんですね。
ジョン・ダンの詩は、やはりブラジルのカエターノ・ヴェローゾが
歌っています。けれど、音楽としての魅力はいまひとつ。そんな2行を
とてもロマンチックに感じているから歌っていることはわかるけれど
ジョン・ダンのこの詩に合う曲を探してみました。
やはり英国は英国。名前も同じJohn。John Lennon。
ジョン・ダンによって影響を受けていると言われています。
Love is touch, touch is love
ね、うまく響きあうでしょ?