Woman 和訳 ジョン・レノン スケ デカ トコロテンの成立起源 カレシとクラブの発音

世界の永遠の名曲に日本語訳をつけて応援しています。
魔法? 失われた古代の 不思議 が復活です! 笑顔がはじけていますネ。
2つ目のマグカップの動画です。(弊社PR)

凄まじいケンカもしたけど、ジョンは女性をこんなにも理解し、感謝している
いるし、そこを知らせてくれたヨーコから離れられないですね。

天の半分のために

女よ ぼくはほとんど言い表せないでいる
気持ちが入り混じっていて 考えなしで
結局 ぼくは永遠に君に負っているのさ
だから 女よ 言い表そうと努力するんだ
ぼくの内なる感じ方と感謝でいっぱいの気持ちを
だって 君が示してくれたのだから 成功することの意味を


 
★舎人独言にどんな音楽がある?を探す
ミュージックリスト(目次.クリックできます)はこちら。

ガリレオを支持できましたか? 翡翠マグは?
今まで見たこともない翡翠の プチ不思議 は23秒から。
皮膚トラブルで貢献できるケースだってあります(この行をクリック)
翻訳と同じく ありのままを誠実に です^^

 
  翡翠マグは現在、日本国内では販売しておりません。
ウィスキーやブランデー、白酒、ワインもまろやかに美味となる翡翠マグの不思議の
一端を実際に体験していただくため、無料体験会を開いています。
11月4日(土)、11日(土)、12日(日)、23日(木)、
12月3日(日)、17日(日)、25日(月)、いずれも午後1時から4時半まで。
場所は愛知県安城市のアンフォーレ(安城市図書館、JR安城駅から徒歩4分)エントランスホールです。
 
    
Ooh Ooh さて さて
ドゥ ドゥ ドゥ ドゥ ドゥ
Ooh Ooh そうだね そうだね
ドゥ ドゥ ドゥ ドゥ ドゥ

女よ ぼくにはわかっている
君が理解していることを
男の内には小さな子供がいるって
どうか忘れないでください
ぼくの人生は君の両手の内にあることを
だから 女よ 抱きしめて君のハートに寄り添わせてほしい
どんなに距離があろうと わたしたちを離れ離れにしないでください
結局 それって 星座の中に書き記されていることなんだ

Ooh Ooh さて さて
ドゥ ドゥ ドゥ ドゥ ドゥ
Ooh Ooh そうだね そうだね
ドゥ ドゥ ドゥ ドゥ ドゥ そうさ

女よ どうか説明させてほしい
ぼくにはなかったんだ
君を悲しませたり 苦しめたりするつもりなんて
だから  ぼくから君に告げさせてほしい
繰り返し もう一度 もう一度

君を愛してる そうなのさ そうなんだ
今この時に そして 永遠に
ぼくは君を愛してる そうさ そうなんだ
今この時に そして 永遠に
I love you そうなんだ そうなんだよ
今この時に そして 永遠に
I love you

「気」を発振する不思議な翡翠マグ と I love youの日(8月31日) の
青雲舎(株)が日本語への置き換えに挑戦しています。
それは歌の世界を可能な限り正確に理解するための試みです。
無断転載はご容赦ください。リンクはフリーです。

美しいバラード名曲集はここをクリック

フレンチ・ポップス 名曲30選 のページはこの行をクリック

自殺者の歌 名曲たち はここをクリック

クラシック曲を歌ったポップス名曲集はここをクリック

隠れたメロディの宝庫・ラテンポップス名曲集

ミュージカル名曲集はこちらの行をクリック

美メロ・デュエット名曲集はこちらをクリック

シャンソン名曲集1はここから

40を超える動画で紹介するボサノヴァ名曲集はここから

45の動画で紹介するサンバ名曲集はここから

25の動画で紹介するウェディングソング隠れた名曲集はここから

おしゃれなデートソング名曲集はここから

オールディーズ名曲集1はこちらから

35の動画で紹介するクリスマスソング名曲集はここから

K-POP名曲集1はここから

舎人独言には
    ★エロスに変容するバラの寓意
★ノートルダム大聖堂の聖なる秘数
★オパキャマラドの風景
★映画「華麗なる賭け」チェスシーンのセクシーの秘密
★名盤「クリムゾン・キングの宮殿」の実在のモデル発見
★映画「男と女」サンバ・サラヴァの謎

といった解読シリーズがあります。

woman の語源って  womb(子宮の)man(人) という説もありますが
真偽はともかく、こういう見方って、ちょっとなあ、と思います。でも
John Lenonn が少し、woman のイメージを変えてくれました。
(wifman が語源とするほうが有力ですが、 w  にはいったい何が?
wif と wombって、さかのぼれば、一致するところって、ないのでしょうか?
やっぱり ウーマン は奥深くて謎ですネ)

何よりも君の前では男である、ぼく。
ぼくの前では何よりも女である、君。
ぼくから君への呼びかけです。
大喧嘩もしたけれど
女性に対する、この歌で表されたような視点は
ヨーコ・オノとジョン・レノンが歌によって成し遂げた
偉大な業績のひとつではないでしょうか?

最初に出て来るナレーションは、毛沢東の詩の一部の
婦女能頂半辺 を下敷きにした英訳 For the half of the sky です。
女性は能(よ))く天の半分を支えることができる、といった意味。
女性に対して時に過度に抑圧的な中国の儒教的社会を、
女性参加型社会へ変えさせるためのスローガンとなりました。

ヨーコ・オノ のことを歌っているし
ヨーコ・オノ が、この歌にインスピレーションを与えています。
では、なぜ、タイトルを、ヨーコ とはしなかったか?
もちろん、ポールのように反発する向きを配慮してもいるでしょうが
詩人、ジョンとしての必然があったのではないでしょうか?

以前にも書いていますが、リルケはこう書きました。

ひとつのバラはすべてのバラ

ヨーコが女性であることは間違いないわけですが
女性とはヨーコである、というのがジョンの感覚かと思われます。
一個人としてのヨーコにとどまらず、昇華して
女性そのものの存在となっているようです。
ひとつのバラが、すべてのバラである、と同じように
ヨーコとはすべての女なのだと。
だから、タイトルは ヨーコではなく、 woman とならざるを得ない。
そんな積極的な意味があった、と思われるのですが。

それと、ジョンは同世代の人間に向かって歌いたかった
そうなのです。
だから、これは同世代、40歳のころのカップルに向かって
歌っているんですね。
関係は順調かい?  いろいろあったけど、切り抜けてきた?って。

「どんなに距離があろうと わたしたちを離れ離れにしないでください」
そして「どこにいようと、君はここにいる」。
ヨーコによって目を見開いたジョンの美しい詩藻は、一貫していて
さまざまな作品で花を開かせました。
舎人独言でのジョン・レノンの日本語訳は
You are here Woman
Imagine Love  の4曲です。

実は、女性を スケ と呼ぶことに、
いつも違和感を覚えていました。
特に助平と関連して語られると、そうではないでしょう!って。
女性は男性とイコールです。
時には、男性以上に耀かしくて
平塚らいてう(らいちょう)が語った
「元始、女性は太陽であった」は正言です。
最も崇拝される日本の神様って、女性ですしね。

もっとも、女性の身勝手さには、なんともやりきれません。
ですけれど、それを言うなら、男性だって、別の方向だけど
やっぱり身勝手ですし・・・。
女性も男性も、松岡正剛が教え子たちに伝えるように、
もう少し仁義に生きたほうが清(すが)しいとは思います。
仁とは、ひとことで言ってしまえば、思いやりのことだそうです。
思いつきのような思いやりではなく
芯の通った思いやり、と受け取ったらいいのでしょう。

Woman=女 を、「スケ」と言うのはなぜか?
どうして、スケと言うのでしょうか?
好ましい言葉などではありませんが
女性を意味する別称 スケ の成立には日本語の持つ
省略と倒置にはしる特徴が
反映しているようです。
女をスケと呼ぶ理由は・・・。

基本的に暴力組織の言葉のようです。
で、それがギョーカイらしいところで
隠語を好むんです。
最も簡単は隠語の作り方は
さかさまにして言う倒置ですし、
仲間同士なら可能な省略が大きいですね。

まず、最初にあるのが おんな です。
倒置して、なおん。省略して、なお。
可愛がる対象を現す助(たとえばチビ助、デコ助、ポン助)
をつけくわえて、なお助。
倒置させて助なお。省略して、助。
はい、スケのできあがりです。

女性を庇護と愛玩の対象とみる点、
男稼業の怖いギョーカイから発生した背景がうかがわれます。
決して女性を助平だと貶(おとし)めている言葉ではありません。
むしろ、かわいいと思って成立した部分が転化しているわけです。

スケ番=怖い というイメージですが、
納得できる背景がありましたね。(スケ番も、スケ番長の省略ですね)
いまは、スケが生き残るだろう、唯一の言葉になりそうです。
しかし、もしかしたら、スケ番でなくて、ナオ番だった?
なんて可能性を想像してみると、ちょっと楽しいですね。
(ナオ が、 女 の雰囲気を残しているので、
符牒となる隠語としては未完成だったのでしょう。
スケには、女の雰囲気がないからこそ
仲間同士だけの符牒としては有効です。その点、
831 = I love you は、
隠語として、あるいは暗号として、もう完成品ですね。
あとは、どう展開するか。
8312 = I love you too
8318 = I love you ∞
ほかに、どんな発展形が生まれてくるのかなぁ・・・)

「スケ」の語源として、省略と倒置などを背景に
助なお など、成立過程を一貫して例示した説明は
2013年11月1日現在、
ネット上で、ほかにないようです。

省略と倒置は、ほかの言葉でも表れる現象です。
たとえば、刑事を意味するデカ。
警察制度が始まった明治のころ
刑事は袖が角張った外套(がいとう)を着ていました。
それで、捕まる側の泥棒たち闇の世界が
自分たちだけにわかる符牒として、刑事を
デカ と呼んだわけです。
カクソデ → カデ → デカ と、
ちゃんと省略と倒置を経て成立しました。
(角袖には、八丁堀の羽織のイメージがあるのでは?
権威の象徴としての外套のザインだったのではないでしょうか?)

以前に採り上げた「オパキャマラド」ほどではないけれど
響きがちょっと不思議な言葉に、 ところてん があります。
こちらは、ちょっと異なる成立の経過をたどったようです。

最初は「心太」と書かれ、「こころぶと」と読まれたようです。
お茶と同じように、最初は中国伝来の薬だったのかな?
この場合は、心臓に関係した薬の扱いでしょうけど。
奈良時代には、すでに心天との記述された書物があるようです。
こころぶと → こころたい → こころてい → ところてい → ところてん
なんて、むしろ音が変化する転訛(てんか〉の働きが
大きいのではないでしょうか?

また、日本語の特徴として
物珍しいものとか、特に貴重なものを現す名詞では
アクセントが、一番最初に来る、というものがあります。
たとえばピアノが珍しく、ちょっとしたステータスでもあった時代
アクセントは ピ にありました。
それがだんだん、日常的な、普通に目にする物になってきて
音が平準化し、アクセントそのものが消えて
平板に発音する名詞へと変化していきました。

そんな、いかにも慣れているといった、普通の雰囲気を大事にし
いまさらのものじゃないけど、何か? といった
特別視することを気恥ずかしいとする感覚も
平準化に現れているようです。
たとえば・・・・クラブとか彼氏。
それぞれ、最初の ク と カ に
アクセントを置いて発音するのと、アクセントを置かないとでは
別の意味を持つことになりますね。(個人差・地域差がありますが)

気恥ずかしいって、基本的に都会人に多い気質ですから
クラブ文化や、カレシが都会発生のものとは
納得しやすい日本語の現象です。

ところで、「スケ」とか「女」だけをタイトルにした歌って
日本文化にはないようです。
余りにあけすけで、避けたい意識があるのかな?
少なくとも、youtube では見つからないようです。
「~の女」なんてのは、よく歌謡曲でありますが。

英語でも、ジョン・レノンくらいでしょうか?
やっぱり革命的?
Woman in red なんて、素晴らしい曲はあります・・・。
あ、古いヒット曲ですけど
Woman woman って、あったな。
もちろん、南北戦争時代ほどに古くはないけれど。
(このグループを知っていると、南北戦争はおわかりいただけます)

スペイン語では、womanは mujer ムヘール となりますが
アグスティン・ララとかロベルト・カルロスが思い浮かびます。
mujer そのものズバリでは、ほかになかなか見つかりません。

泉ピン子の「おふくろ先生の診療日記6」〈郡上八幡編)では
泉ピン子さん、「ぐ」ににアクセントを置いたり、「ぐじょう」全体を
平板に発音したり、一定していなかったのが面白いですね。

日常の場所でないから、つい、頭にアクセントを置いたりするけれど
地元の人はたびたび口にし、耳にするから平板に「ぐじょう」を表現します。
で、そっちにもひっぱられて、泉ピン子さんも平板に・・・というわけでしょう。

ちなみに、「はちまん」を発声するときは
地元では「ち」にアクセントを置いてしゃべります。

母の出身地なので、郡上八幡が登場するテレビ番組は
可能な限り見ます。

「そやなぁ」と言うときとか「な」にアクセントを置いたり
歌うような、なんとも風雅なお国言葉は耳に心地よいものです。
だんだん減ってきているようですが
それでも、郡上ならではの言葉のメロディーは
従兄弟たちほか、まだまだ受け継がれているようです。
吉田川や長良川鉄道の風景はもちろん
そんな言葉で地元色を再現していたら
番組は当然、高い評価です。

伊藤四郎さん、「な」にアクセントを置いたり
「治るんかな」の「か」にアクセントを置いて
チラッと郡上の香りを届けてくれました。

10月5日に放映された「月に祈るピエロ」は
地元局が製作したドラマで
常盤貴子が主演。
脚本は美濃加茂市出身の北川悦吏子。
郡上らしい情景を上手に切り取って
映像は情緒たっぷりでした。
ですが・・・言葉は。
あの言葉遣いなら、東京の家庭なり職場のお話
と、言われてもまったく違和感がありません。
郡上の人が日常生活で
東京の人とまったく同じ調子でしゃべるというのは
むしろ、リアリティを欠いて白けます。地元局の製作なのに。

ドラマの内容はなかなかなものだっただけに
残念さが募りました。
多分、役者によってばらつきがないように
全員が標準語という取り決めなり、契約なりが
あったのではないのでしょうか?
だれか、郡上の言葉遣いでなければいけないなら
辞退するとか・・・・という事情があったりしたのかな?
わかりませんけれど。

番組審査会でも、内容を褒める意見が多かったようです。
異論はありません。
エンディングが物足りないのか、その先が見たかった
という意見には、ビックリですが。
(あれで判らなければ、見巧者の反対語は何と言うのか・・
首をひねって探さなくてはいけなくなります。
そんなセンスにつきあって露骨に演出すれば、笑い者になるだけでしょう)

郡上の言葉という点で
意見がまったく出なかったとは思えないのですが
たまたま見た審査会の内容を伝える番組では、
触れられていませんでした。辛口でも差しさわりのない批評が多く
肝心のところはボカして言わないと言う日本的決着が
はかられたのでは?と、勝手に憶測してしまいます。
もちろん、局が紹介しないように編集しただけかもしれません。
(審査会の報道番組を見たために、わざわざ書く気になりました)

ドラマの内容ではさすがに北川作品です。
常盤貴子組に軍配があがります。
言葉遣いへの配慮という点では、
一方が0点なのですから
完全に泉ピン子組でしょう。

日本語に関しては、新聞や何かの折に読んだり、見聞きした豆知識でした。
間違いがあったら、ごめんなさい。
割り引いて読んで、裏を取ってから確定してください。