シーア 和訳 シャンデリア Sia アルコール依存の歌

世界の永遠の名曲に日本語訳をつけて応援しています。
魔法? 失われた古代の 不思議 が復活です! 笑顔がはじけていますネ。
2つ目のマグカップの動画です。(弊社PR)

Sia シーアの大ヒット曲 
Chandelier シャンデリア の翻訳のページです。
アルコールに依存する凄まじさがよく表現された歌ですね。
swing from the chandeliers の意味や
この痛々しさ、価値観の在り方について、若干、書いています。
アデルの Rolling in the Deep  のページはここをクリック

パーティガールというものは傷つかない
感じることができないのよ 何も
あたしはいつ学習するのか?
あたしは押さえ込む そんな考えを押さえ込む


 
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ガリレオを支持できましたか? 翡翠マグは?
今まで見たこともない翡翠の プチ不思議 は23秒から。
皮膚トラブルで貢献できるケースだってあります(この行をクリック)
翻訳と同じく ありのままを誠実に です^^

 
あたしは 呼ばれて花を添える人間 というヤツ
電話は鳴りっぱなし ドアのベルは響きっぱなし
あたしは感じる loveを loveを感じる

1, 2, 3 1, 2, 3 飲むのよ
1, 2, 3 1, 2, 3 飲みなさい
1, 2, 3 1, 2, 3 飲むのよ

飲み干していくのよ 何杯か数えられなくなるまで

あたしは渡り歩いて行く シャンデリアから 別のシャンデリアを
ワイルドなパーティを
あたしは生きていく 明日が存在しないみたいに
明日などないかのように
あたしは飛んでいくつもり 夜をずっと鳥のように
感じる 涙がこぼれては乾いていくのを
あたしは渡り歩く シャンデリアから 別のシャンデリアを
ワイルドなパーティを

あたし だけど人生がいとおしくて しがみついている
あたしは軽蔑しない あたしにはわかりはしない
グラスを空にしたりはしない 朝の光が差すまで 
なぜって あたし 本当にこの夜にしがみつくんだから
助けてよ 人生がいとしくて あたし持ちこたえているのよ
あたしは軽蔑しない あたしにはわかりはしない
グラスを空にしたりはしない 朝の光が差すまで 
なぜって あたし この夜をもちこたえているんだから
この夜を

日が昇った あたしはひどいザマ
さあ 出て行かなくちゃ  こんなことから走り出なくちゃ
恥ずかしさがやってくる  恥辱がやってきた

1, 2, 3 1, 2, 3 飲むのよ
1, 2, 3 1, 2, 3 飲みなさい
1, 2, 3 1, 2, 3 飲むのよ

飲み干していくのよ 何杯か数えられなくなるまで

あたしは渡り歩いて行く シャンデリアから 別のシャンデリアを
ワイルドなパーティを
あたしは生きていく 明日は存在しないみたいに
明日などないかのように
あたしは飛んでいくつもり 夜をずっと鳥のように
感じる 涙がこぼれては乾いていくのを
あたしは渡り歩く シャンデリアから 別のシャンデリアを
ワイルドなパーティを

あたし だけど人生がいとおしくて しがみついている
あたしは軽蔑しない あたしにはわかりはしない
グラスを空にしたりはしない 朝の光が差すまで 
なぜって あたし 本当にこの夜にしがみつくんだから
助けてよ 人生がいとしくて あたし持ちこたえているのよ
あたしは軽蔑しない あたしにはわかりはしない
グラスを空にしたりはしない 朝の光が差すまで 
なぜって あたし この夜にしがみつくんだから
この夜に

この夜に
なぜって あたし 本当にこの夜にしがみつくんだから
オー あたし本当にこの夜を持ちこたえている
この夜に この夜に
なぜって あたし 本当にこの夜にしがみついているんだから
なぜって 本当にこの夜にしがみついているんだから
オー あたし本当にこの夜を持ちこたえている
この夜を この夜を

「気」を発振する不思議な翡翠マグ と I love youの日(8月31日) の
青雲舎(株)が日本語への置き換えに挑戦しています。
それは歌の世界を可能な限り正確に理解するための試みです。
リンクはフりーですが、無断転載はご容赦ください。

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    ★名盤「クリムゾン・キングの宮殿」の実在のモデル発見
    ★映画「男と女」サンバ・サラヴァの謎

    といった解読シリーズがあります。

サビの冒頭の歌詞で
swing from the chandeliers
が出てきます。これは
ワイルドなパーティを主宰する・参加する
という表現です。
swing from ~ で、ぶらさがる という意味もあって
それがシャンデリアなら、なんか豪華です。

ワイルド は、野生の が普通でしょうが
狂気じみた とか、口語では 楽しい 愉快な という
意味になります。カッコいいも、アリでしょうね。
この歌では、 狂気じみて、楽しくて、カッコいい が
ごちゃまぜになったパーティでしょうか。

look down 見下ろす という意味ですが
ここでは、軽蔑する という意味に取りました。

open my eyes は、それまで知らなかったり、理解していなかった
驚きやショックに気づかせること。
ここでは、あたしにはわかりはしない と訳しました。

Sia の心からの叫びですね。
後ろを向いたり、覆面をしたりと
ライブで顔出しができない。
シーアなりの葛藤があるのだろうと思います。
(ある女性歌手は超ハイノートの声を出すとき
クルッと後ろを向きました。凄い顔なんでしょう^^)

この歌がまず伝えてくるのは 痛み でしょうか。
歌唱力の素晴らしさのせいで痛ましさは生々しく、
手を差し出してあげたくなるけど、アルコール中毒の
勢いの前に、それさえ拒絶されかねない・・・。

冒頭、 パーティガールというものは傷つかない
だなんて、おお、カッコいいとなるけれど
全然、違う。
感じることができないのよ 何も
という結果だから、傷つかないんですね。
傷つかない と 傷つくことができない
では、大きな違いではないでしょうか?
アルコール依存症ですから。
傷つくことができない なんて、深刻です。

立ち直らなきゃと思うから
あたしはいつ学習するのか?
となるけれど、それが強迫観念になっちゃう。
だから
あたしは押さえ込む そんな考えを押さえ込む
しかないんですね。挙句、つい、逃げたくなる。
アルコールに手が伸びてしまう。
自分から逃げたくなる。

そんな風に再生を願う気持ちと、現実逃避の自己崩壊
とかが、ごちゃまぜに現れます。
軽蔑しちゃいけないとは思うけど、気づき、わかることも
ないだろうとも思っている。
と同時に、やっぱりグラスを空にして
お酒を断つことは、とてもできないとも思っている。

ほかの人たちにはできないだろう
傷ついた者を優しく包み込むことができる
男性を見つけたのでしょう。
映画製作者との結婚を報じるニュースの冒頭は
Sia was swinging from the chandeliers this weekend!
でした^^
いつまでも幸せでいて欲しいですね。

しかし、このシャンデリア、ビヨンセかリアーナに
って考えていて、結局、自分で歌ったという事実は
この歌にとって幸せなことだったと思えます。
ここまでの迫力、ちょっと出せないでしょう。
ほかの歌手では。

Clap Your Hands 拍手して
やっぱりいい曲をつくりますね。

アライブ Alive で最新作でも凄まじい歌唱力を発揮している
シーアですが、作曲的にはなにか二番煎じの感じが・・・。
シャンデリアが凄すぎるから、仕方がないのかな?

ここからは、偉そうですみません。
シェイプアップを日ごろから心がけている方は
体幹の重要さはよくご存知だと思います。
体幹を鍛えてこそ、どんなに激しく動いても
ブレずにいられます。

フィジカルだけじゃなくて、精神も
体幹が大切です。どんなことが襲ってきても
簡単にはブレない気持ちの上での体幹です。

ブレない精神の体幹のトレーニングでは
ひとつには、自分自身の価値観の基準を
自分以外のものの中に築かないことです。

自分=権力 なら、権力を追い求め、こだわりまくっても
いいでしょう。でも、そんな人、いませんね。
お金も同じです。自分そのものには、お金はなり得ないでしょう。
ちょっと変わった方ですと、お金は自分の命より大事
なんておっしゃいますが^^
自分=受験 でもないし
自分=自分の外貌 でもありえない。
受験は、自分が置かれた一時的状況に過ぎないし
外貌は、自分の肉体のほんの一部でしかない。
もっときれいになりたい、きれいでいなきゃダメ
という自分の精神の活動とは別ものじゃないですか。
すべてではないのに、すべてと思ったら間違いでしょ?

そのくせ、ありのままに なんてコンセプトがお気に入り。
その ありのままに が、実は一時的な逃げ隠れだったり
なっていないでしょうか?
充分に精神の体幹を育てていない段階では
ありのまま はそんな風に作用してしまいかねません。
そして、そんな人ばかりの集団では、何か事が起きれば
イヤガラセやいじめがあっという間に広がってしまう。
他人は他人。自分は自分。ありのままに
ってわかる人が、どうして、イヤガラセのコメントをしたり
ひどい場合は電話をかけたりするでしょう。
ありのままに、その人を受け入れていればいいはずなのに。
もっともあんまり無意識にイヤガラセやいじめをするので
自分が、イヤガラセをしているという自覚がない人もいるでしょう。
えっ? 自分あイヤガラセを。イヤだ、自分
そんな人間じゃないよ。。。なんてネ。

自分=性愛・恋愛 でもありません。
ほかの人なんて、全然目に入らなくたって
自分=その人 とは、残念ながら、普通では
なりません。
自分=愛する人 なんていう一体感・陶酔感は
奇跡のような瞬間に訪れるでしょうが。

たとえば恋愛に悩むとき、
自分の価値観の基準を、その相手に置いたりしていませんでしょうか?
自分より、その相手の方が価値があって、
その相手を自分のものにしないと、自分の存在価値がない・・・。

そんなことはないですね。
その人から拒絶されても、その人はその人。
幸せなことに、その人から望まれても
その人はあくまでも、その人。
そして自分はあくまでも自分です。
相手がどうであれ、自分の価値は減ったり
増えたりはしません。
いいことも、悪いことも、他人の評価など
最終的には、どうでもいいのです。
最終的になど、なかなか思いきれないかもしれませんが。
一人きりで生まれ、一人で死んでいくのが
人間のようなのです。

自分を他人とか、お金で満たすことなく
自分を自分で満たしましょう。
謙虚な自分で自分を満たすとき
自分はどんどん自己充足的な存在になっていきます。
不足でもなく、過剰でもない自分になっていきます。
それが精神の体幹を得ていくことなのですが。

パーティガールは情報がいっぱいですね。
でも他人の情報は、自分自身ではありえません。
自分自身でないなら、少しずつ、そんな情報から
離れていいのです。
離れて、無駄な情報を少しずつ遮断して
自分で自分を満たすための、ひとりきりの時間を
つくってみませんか。
それは孤独になることで、恐ろしいと思うかもしれません。
でも、そんなことはありません。

座禅って、ひとりきりになるってことでしょう?
ひとりになるって、むしろ、自分を豊かにして
いくことです。

しあわせ になりたいですか?
幸せ。これ、奈良時代は
為合(しあわせ)って書いたそうです。
天の為(な)すに合わせる という意味です。
それが室町の頃になると、仕合 と書くようになりました。
主語は、今度は、人です。
人が為すところに合わせる。
人に仕合わせる ということです。
しっかり合わせられたら幸せかもしれないけど
そういつもいつも。できるわけじゃない。

自分が充分に自分自身で詰まっていない段階で
自分が、自分が でやったり、考えたりしていると
いつも他人・他者との関係で、幸せか幸せでないかが
決まってしまう。
必要以上に期待もしてしまい、かなえられずに
自分が傷ついちゃう。
それでアルコールで、自分を忘れたくなっちゃう。
逃げたくなっちゃう。
自分が、自分が はやめたほうがいいのでしょうね。
そんな自分、捨てたほうが・・・。

たとえば、この歌で
電話が鳴りっぱなしで、ドアのベルが響きっぱなし
それで、love を感じる・・・。

それって、本当に愛されていることでしょうか?
相手次第で、自分の幸せが左右されるのですか?
いつかはその虚しさを感じることになるだろうって
シーアはわかっているようです。
たくさんの仮想の ともだち は
残念ですが、時に、無駄な情報なのです。
ひとりきりになっていいんです。
まぁ、誰か助けてくれると、安心です。
でも洗脳なんかされたら、また自分でない価値観で
自分を占められてしまいますが。

観音さまは華やかですね、
宝石もいっぱいで。
でも、より悟りに近い菩薩は、観音さまほどに
飾りがありませんね。
自分自身で、内側からさらに満ちてきているから
それがオーラとなって輝いてでるからです。

ブッダなど、もっと簡素な衣ひとつ
でいらっしゃいます。もう飾る必要も
飾ってもらう必要もないのでしょう。

偉そうなことを語ってしまいました。
舎人の独言に過ぎません。
ご容赦を。