別れて生きるときも 下

パリは薄汚れているからパリ。
ユトリロの描いたパリは、白い街並が汚れているからこその抒情。
確かに、汚れているからと言って醜悪とはなりません。
ピカピカの1年生も、陰のある大人も、それぞれ在り方が違います。
 
そういえば
フランスの女性の、口のまわりにできるシワが美しい 
とだれかが言っていました。
確かに、人によって、シワも美しさをたたえます。
 
さりげないメロディーが、儚(はかな)さを
心にしみる悲しみを言い当てている
「El amor acaba(恋は終わる)」。
サビで、こんなことを歌っています。
 
時間はひび割れるから
ひびの中に魂があるから
すべて常なるものはないのだから
美しさも衰える
恋は終わる
 


 

シナトラの「All the way」も、これは10代では歌えない境地。
酸いも甘いも知った、と言えば陳腐ですが
傷つき、疲れ、薄汚れてしまって、
それでもなお、また人を好きになってしまう。
これからも「ずっと、ず~~っと」、二人が一緒にいたいという願い。
「ALL THE WAY」という言葉に込められた気持ちが、ちょっと感動です。
 
ティーンネイジャーのボーイ・ミーツ・ガールほど激しく、純真で、気軽で
胸がキュンとなるわけではないけれど、違った意味で真剣だし
自分の気持ちを余裕で見ているだけ、ブレたり、倒れたりしません。
ほかの人が何を言おうと、自分の気持ちは変わらない
という安定感に、それだけの根拠があります。
それが、一つの様式として、今度のラヴの美しい在り方になっているようです。
 
ぜひ、シナトラがひとりで歌っている歌唱を聴いてみてください。
youtube では現在、いい音源が見つかりません(大人の事情だから仕方ないですね)。

 

 

払っても払っても心の鏡に塵が積もります。
時を重ね、年齢を重ねれば、心も薄汚れて行きます。
でも、それが美しさにも通じるとしたら
努力がもたらすものでしょうか?
或いは、勝手に成熟するものでしょうか?
 
薄汚れちまっている舎人ですが、
その答えを、いまだ知りません。
だったら、愚直ではあっても誠実に向き合うしかない。
誠実に見つめる、
誠実に想う
誠実に言葉を発する。
誠実であったなら、いつかは見えてくるものがあるのではないか
そんな風に願っています。
 
映画「シェルブールの雨傘」のラストシーン。
本来なら一つであった家族の
初めてで、恐らく最後のふれあいです。
 
若かった恋人たちは、思いを貫けるほどには強くはなかったけれど
そして他愛ない恋物語でしかなかったかもしれないけれど
真摯に、誠実に向き合っていたのだと思います。
 

 
さりげない会話の中に想いがあります。
あふれ出る想いを抑制する思いもあります。
今は、別々の人生で、それぞれに生活があるのですから。
 
それでも、2人にはわかっているはず。
振り返れば、なんと、いとおしい恋愛だったことか。
あんな風に人を愛すことは、もう二度とない。
青春の輝きという言葉で言い尽くせぬ
胸の中の大切ななにかが
あなたと共に失われて、もう返ることはない。
 
互いに誠実に向き合っていたと、まぎれもなく知っているから
祝福して振り返ることができるのでしょう。
 
 
C’est la vie.
 
それが人生。