9.11の歌 Try to remember 和訳 テロ 想い出の渚

世界の永遠の名曲に日本語訳をつけて応援しています。
魔法? 失われた古代の 不思議 が復活です! 笑顔がはじけていますネ。
2つ目のマグカップの動画です。(弊社PR)

Try to remember を翻訳したページです。
元々は1950年代後半のオフブロードウェーのコメディ・ミュージカル
The Fantasticks の中の1曲。しかし 2001年9月11日、ハイジャックされた
2機の飛行機がニューヨークの世界貿易センタービルへ突入して以来
アメリカ国民にとってはナショナル・メモリー(国民的記憶)である惨劇を追憶する
歌のひとつになりました。ミュージカルで歌った Jerry Orbach は12月、
ビルの跡地 ground zero で歌って多くの人の涙を誘いました。パリでのテロでは
ジャック・ブレルの 愛しかないとき(紹介済み) を紹介しましたが。

一番下にスペイン語圏のアーティストらが集まり、被害者とヒーローらに
捧げた El Último Adiós The Last Goodbye を紹介しています。

さて、Try to remember です。
Try で始まって一見、命令形?と思わせるのですが、むしろここは
冒頭にあるはずの I  が省略されているとみるべきではないでしょうか?
Thank you が I thank you と言わないのと同じ感覚で。
いや、それも違う。やっぱり命令形。しかし自分自身への。
だから文中の you とは、自分自身への呼びかけとして翻訳しました。
もちろん、Try to Remember それだけで
忘れないでいよう・いなさい  という命令形の意味もあります。
あと、日本のフォークの名曲の数々を動画で紹介しています♪

わたしは思いだしてみよう ちょっと9月のことを
人生がゆったりと流れ おお 香り高かった頃を
思いだしてみるのだ なんて言うか 九月のこと
草は緑で 秋の実りは黄金色だった
思いだしてみる 九月かなんかのこと
お前は感じやすく 物馴れないヤツだった
思いだしてみよう そして思いだしたなら
その時は身をゆだねるのだ 浸っていくのだ

  
★舎人独言にどんな音楽がある?を探す
ミュージックリスト(目次.クリックできます)はこちら。

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わたしは思いだしてみよう 柳のほか
誰も涙を流すことがないほど人生は優しかったと
そして お前の枕元には夢の数々が残っていたことを
思いだしてみるのだ 九月の時を
愛は燃え上ろうとする残り火だった
思いだしてみよう そして思いだしたなら
その時は身をゆだねるのだ 浸っていくのだ

12月は深まり 素敵なこととして思いだす
続いて雪がやって来ると知ってはいても
12月は深まり 思いだすことは素敵なこと
傷ついていなければ 心は不誠実だったということ
12月は深まって 素敵なこととして思いだす
わたしたちを円熟させたあの9月の火を
12月は深まって わたしたちの心は思いだすしかない
そして身をゆだねるのだ 浸るっていくのだ
浸るのだ 浸るのだ

「気」を発振する不思議な翡翠マグ と I love youの日(8月31日) の
青雲舎(株)が日本語への置き換えに挑戦しています。
それは歌が意味する世界を可能な限り正確に理解するための試みです。
無断転載はご容赦ください。リンクはフリーです。

 

日本で一番に聴かれたのは2つ目の動画の The Brothers Four  ブラザーズ・フォー
でした。舎人は個人的にロバート・グーレが大好きなので、彼の渋いパフォーマンスを
一番上で紹介しました。
ほかにやはりレコーディングしている Ed Ames エド・ジェイムズ、アンディ・ウィリアムズ
オリジナルの Jerry Orbach、さらにThe Lettermen のパフォーマンスを以下の動画で。

The Fantasticks が上演されていた New York theater は突入された
World Trade Center とはほんの少ししか離れていない場所にありました。
最初にこの歌と惨劇を結びつけたのはWall Street に寄稿していた JournalAmy Gamerman。

聴けばすぐにわかりますが、言葉の選び方は -llow という韻を意識しまくっています。
remember に始まって September  tender ember December mellow yellow
callow fellow が歌詞の1番。2番では willow pillow billow ですし
さらに follow hollow が登場します。エンディングは follow が繰り返しです。

柳が泣く という表現は、ジャズ・スタンダードの Willow Weep For Me
柳よ 泣いてくれ を背景にしているようです。

 

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    舎人独言には
    ★エロスに変容するバラの寓意
    ★ノートルダム大聖堂の聖なる秘数
    ★オパキャマラドの風景
    ★映画「華麗なる賭け」チェスシーンのセクシーの秘密
    ★名盤「クリムゾン・キングの宮殿」の実在のモデル発見
    ★映画「男と女」サンバ・サラヴァの謎

    といった解読シリーズがあります。

Andy Williams

  
Jerry Orbach

  
The Lettermen

  
ブラザーズ・フォー は当時、ブラフォーと省略して呼ばれていました。
今もちょっと長めの言葉が短くされて使われているけれど
やってること、昔も今もおんなじです。
日本人の言語感覚って、そんなに簡単に変化できない強いものがあるようです。

で、そのブラザーズ・フォーという名前からなのでしょうが
日本で ザ・ブロードサイド・フォー がヒットを飛ばしました。
「若者たち」です。

  
この曲も、このドラマもリメイクされていまから、どこかで聞いてことが
あるかもしれません。まぁ耳にしっくりくるメロディであり、気分です。
ですが、この重々しく、おろそかにできないから大切に扱うといった
ものものしい感覚が、なんとなく、いやなのね。事大主義って言うか。
要するに、ヤボなのよ。精神の在りようが。
で、このメロディを口ずさむなら、箸で小皿たたいてチャンチキやりたくなっちゃう。
罰当たりといわれそうですが。

というわけで、むしろ「星に祈りを」のほうが好きなのね。
作曲の佐々木勉さんは案外早く、亡くなったと記憶しますが。

  
で、その佐々木勉さんは、ザ・サベージ(英語で書けば The Savage)のために
「いつまでもいつまでも」という傑作を贈りました。

  
サベージはもうひとつ、「この手のひらに愛を」という名曲がありました。
友人なんか、こっちをよく歌っていましたね。
ブロードサイド・フォーもサベージも共通点があって、それは
メンバーの父親に有名人がいること。
ブラフォーでは、「七人の侍」などで知られる映画界の巨匠、黒沢明監督を父親に
持つクロパン氏。(この人の留学でブループは解散)
サベージでは、名優、宇野重吉が父親の寺尾聡(あきら)。
寺尾は後に「ルビーの指輪」という記録ものの大ヒット曲を放って
時代をブイブイ言わせました。

なんか懐かしさに浸っちゃったから、もう一曲。
ザ・リガニーズ の「海は恋してる」
ちょいとふざけたネーミングだけど、いいんじゃない?

  
ヒットの規模はさらに小さくなるけれど、これもよくラジオで聴きました。
フォークの力というか、時代の力だったのでしょうね。
しかしフォークデュオとしてはどんな名前だったかなぁ・・・?
朝香ふみえ & 中島文雄  「ある日渚で」

  
こうした雰囲気がもう少し、ウーン2、3年かな、時間がたって、グループサウンズ
ザ・ワイルドワンズの名曲「想い出の渚」とつながり
さらに「チャコの海岸物語」などサザンオールスターズのサウンドへとつながっていきます。
(想い出の渚 の中の 「みなも走る」は、聞いてると、てっきり、みんなも走っているんだ
と思ってたら、なんと、水面 のことでした。すぐ、わかる!?)

ちなみに、このチャコとは、50年代から60年代の女性ポップ歌手、弘田三枝子さんの
ことと言います。オールディーズばかりかジャズを歌わせても、とてもうまくて、
あのエラ・フィッツジェラルドにアメリカに来ないか?
と誘われたというレジェンドの持ち主。後に所属するナベプロから再生されて(ついでに整形も)
「人形の家」なんてヒットを飛ばしましたが。

振り返ってみると、フォークからロックへ、フォークロックをはさみつつ
時代と時代感覚がうつっていった様子がわかる気がします。
そんな中で、日本ではフォークの神様と言われた岡林信康がライブでロックを
演奏し始めると、フォークを聴きに来た観客が石を投げて反発したものでした。
その石を投げた若者の一人が、後にYMOの一員となった細野晴臣氏。
ずっと後年のこと、岡林に謝っていましたが、細野が影響を受けたボブ・ディランが
いち早くフォークからロックへと変身を図っていたわけで
日本のサブカルチャーがいかにアメリカの影響を受けていたか
如実に物語るエピソードではないでしょうか?
もちろん、ボブも初めてエレキギターを持って上がったステージでは
ブーイングの嵐・嵐・嵐。
自分が理解できないモノに反発するのは簡単だけど
あとで謝ることは滅多にはありはしないものなぁ。

  
El Último Adiós (The Last Goodbye) Tribute to 9/11 victims

  
さて、Try to remember の流れに戻ってしめくくりましょう。
この単純なオレンジの地に El Último Adiós (The Last Goodbye)
とだけあるジャケットのCD。
輸入盤で買いましたが、日本でリリースされたものかどうか・・・。
スペイン語圏のアーティストらじゃ、売れないと判断されても
それは仕方がないけど、じゃあ、レコード会社は、テロ反対チャリティーとか
二度と口にするなよ、くらいは言いたいよね。商業主義の限界です。

下はホワイト・ハウスでのライブの様子。
歌の後に、まだ就任したばかりのブッシュ大統領の姿が見られます。