赤と青または情熱と無情

フラメンコと闘牛。
あまりにスペイン的なイメージを体現する女性歌手がいます。
いつか大晦日のパーフェクTVでスペインのテレビを見たとき、
あきれるほどの長時間(9時間ぐらいはあったかな?)、特別番組が組まれていました。
お読みになると分かると思いますが、なるほど国民的歌手です。

結婚した男は、国民的スターの闘牛士でした。
スターとスターの結婚です。国中が祝福したような結婚式でした。

当時、彼女が歌うフラメンコ歌謡(カンシオン)は、情熱の赤が似合っていたと思います。
子供たちにも恵まれて絶頂に見えた幸せが、けれど、突然、暗転します。

勇気ばかりでなく、牛を操る技術にも優れた闘牛士だったのに、
首を振るたちの悪い癖を持つ牛だったのか、あるいは一瞬の気の緩みだったのか、
その角に突かれてしまいます。
華やかな闘牛士の装いは、弔いの経帷子(きょうかたびら)となりました。

夫に捧げるとして発表された曲です。
「わたしの空はいつも青い」に泣かされました。 (ちょっと故意の誤訳ですが)

「彼はわたしの人生だった」

サビの部分です。
「彼はわたしの人生だった。
わたしの春、わたしの朝だった。
わたしの空はいつも青くある。
わたしの心、わたしの喜び、わたしの言葉であった人よ。
そしてある日、彼は行ってしまい、全てが終わり
わたしは窓辺でただ待っている」
この曲では「戻ってきて、戻ってきて、わたしの許にもう一度。あなたが必要なのです」と呼びかけています。

ハートに黒いヴェールがかけられたジャケットの傑作「傷ついた心」からの曲です。
「あなたは嘘」

そんな風に見てしまうのがいけないのか、あるいは、
人生と歌を重ね合わせることを狙ったイサベル・パントーハの周辺がいけないのか、
イサベル・パントーハの歌の心のPasion(スペイン語)は
情熱であるより、受難の色彩を帯びて聴こえます。
Passion(英語)の第一義は、情熱でなく受難ということを、知識としてでなく、実感してしまいます。

イサベル・パントーハの残りの人生は辛いでしょうね。
つまらない男と結婚するわけにもいきません。
昨年、チラッとスキャンダルめいたものが思わぬ事件で発覚しましたが、
まぁ、いいじゃないですか。生身の人間なんですから。
忠臣蔵のような美学を全うしなくてもいいんです、人生は。きっと。

「愛をわたしに与えて」