バラの秘密・意味 薔薇とエロス カルメン マリア イエス Jesus 語源 和訳 白居易 喧嘩辰 寅さん 冬子

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バラは時にヴァージンを意味します、
薔薇とはエロスに変容し得るものです、
マリアという名前が秘める余り知られていない意味、
イエス(ジーザス)の名前が秘めるネットでは検索できなかった意味
などなどをできるだけ実証的に語っていきますが、
寄り道もあって・・・とにかく、長い。

セカンド・ハンド・ローズ    by  バーブラ・ストライザンド

ローズ・ガーデン     by   リン・アンダーソン(翻訳があります)


  
★舎人独言にどんな音楽がある?を探す
ミュージックリスト(目次.クリックできます)はこちら。

ガリレオを支持できましたか? 翡翠マグは?
今まで見たこともない翡翠の プチ不思議 は23秒から。
皮膚トラブルで貢献できるケースだってあります(この行をクリック)
翻訳と同じく ありのままを誠実に です^^

 
ウィスキーやブランデー、白酒もまろやかに美味となる翡翠マグの不思議の一端を
実際に体験していただくため、無料体験会を開いています。
9月3日(日)、10日(日)、16日(土)、24日(日)、
10月9日(月)、14日(土)、15日(日)、いずれも午後1時から4時半まで。
場所は愛知県安城市のアンフォーレ(安城市図書館、JR安城駅から徒歩4分)エントランスホールです。
  
  
お聴きいただいた2曲に共通するのはローズ、そう、バラです。
バラって、どんな意味があってタイトルとなっているのでしょう?
日本人が余り知らない秘密があるのでしょうか?

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不思議な翡翠マグ と I love youの日(8月31日)の
青雲舎(株)が翻訳をしています。
それは歌の世界をよ正確に日本語へ移す挑戦です。
無断転載はご容赦ください。
リンクはフリーです。

 
アカデミー賞を獲ったミュージカル「ファニーガール」からの「セコハン・ローズ」では
Everyone knows that I’m just
Second hand Rose from Second Avenue と歌われます。
グラミー賞を獲得したポップ・カントリーの世界的ヒット曲「ローズ・ガーデン」)では
I beg your pardon,
I never promised you a rose garden. です。

自分の名前と同じ薔薇があるバーブラ・ストライサンドが歌う
お古の帽子にお古の服を着るファニーガールは
自らを「中古(セカンド・ハンド)のバラ」と認定しています。
一方の「ローズ・ガーデン」では
「ごめんなさい。バラの庭を約束したわけじゃないわ」と
カントリー娘が開き直っています。そして、さらに
「お日さまと一緒に、ちょっとくらい雨だってあるの」と、お説教?していますよ。

(戦後のある時期まで、中古車をセコハンと呼んだことがありました。
 今は、ユーズドカー。わかりやすいし、余分なセンチメントはなしです。 
 ローズ・ガーデンをイメージして生まれたのが
 南沙織の「17歳」だそうです。
 なるほどと思うほど、似ていますね。パクリではないと感じますが)

さて、いよいよ、バラの季節です。
バラのアレゴリーなどについて話しましたが
アルファベットを入れ替えてつくるアナグラムでは
バラはこんな風に展開(成長)して、自らの秘密を明かします。

rose(バラ) →  sore(痛み) →  eros(エロス)

英単語の4つのアルファベットを入れ替えるだけで・・・ですね。
バラの状態から、傷というか痛みを経て、ついに至るのは・・・。
となると、やはり viginity は女性にとって、ことさら特別なような・・・。
ちなみに、フランス語でバラは rose、 露は rosée 。

怖れることはありません。素敵なことです。
ただ気をつけなければいけない。
本人の人間としての器量と心構え次第ということでしょう。
(この秘密、もっと知られていい情報だと思いますが 
 いかがでしょう?
「ダヴィンチ・コード」で、 rose と eros がアナグラムと
 紹介されていますが
 2013年5月1日現在、rose → sore→ eros は、 
 ネット上では検索できませんでした。
 随分以前にミクシィで書いていたものですが)

薔薇のワルツ という名前もある
グラモフォン・ワルツ です。

「バラ」でひっかかった最初は
ファドの最高峰、アマリア・ロドリゲスでした。
ヴィアナへ行こう という歌でした。

Entre sombras misteriosas
em rompendo ao longe estrelas
trocaremos nossas rosas

星々の遥かな距離を越え
神秘の影の間で
わたしたちは薔薇を交換する

実は、バラとは西洋のアレゴリー(寓意)で、 
Virginity を暗喩しているんですね。
この歌の場合は、ヴァージンであること。となると、
セコハン・ローズも、ローズ・ガーデンも、ヴィアナも
腑(ふ)に落ちますでしょ?
ちょっと前の時代の性風俗と言ったらいいのか
当時は女性の virginity が今以上に重要視されていたから
そんなコンセプトの歌にもなったのでしょうか。

(ローズのアレゴリーをおさえたうえで日本語訳をしている例は
 2013年5月1日現在、 見つからないようでした。
 それで、薔薇って、親しまれている割に理解されていない、と
 この文章を書く意味があると思ったわけです。
 ゲーテに、「十字架に薔薇をかけたのは誰だ?」と書かせた 
 薔薇十字団なんてグノーシス主義の秘密結社がありました?が
 薔薇応援団のつもり・・・な~んちゃってネ.

 新聞記者をやっていたせいでもありませんが、
 パブリック・ドメインと言えるほど既に広く共有されている情報ならいまさらとしても
 どこが最初に書いたかは、大きな意味があると思っています。
 自分が書くものは基本的にオリジナルの文章であること。
 自分の文章に他人のものを盗用しないこと。
 転用するなら、出典を明らかにすること。
 それが書き手が拠って立つ本物のプライドのひとつです。
 新聞記事が、どこかのある表現をパクっていたら、大問題でしょ?
 ネット上ではじめてアップする情報は、やはり責任も伴いますしネ。

 しかし、知っていることは、知らないよりはいい、くらいのことではないでしょうか?
 知っているとつい高慢になりかねません。知っていて、何が偉いのか?
 中世ヨーロッパの一時期、聖書を読むことができることが
 死につながりかねなかったことは
 無知の信仰のほうが知の高慢よりもましという意味で
 納得できる気がします。 
 生半可な知識を誇るより
 ひとつひとつの知識、情報を謙虚に積み重ね、
 一個の人格としてどんな見識を獲得していくか?
 が、むしろ問題なのではないでしょうか?
 そしてできることなら、その見識を以って人類にどんな貢献ができるか?
 なかなかそこまでは難しいことですが、せめて、
 知らないことを理由に他人を馬鹿にすることは
 己の未熟さと裏腹ということくらい、自覚したほうがいいのではないでしょうか?
 ごめんなさい。エラそうに・・・。)

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    舎人独言には
    ★ノートルダム大聖堂の聖なる秘数
    ★オパキャマラドの風景
    ★映画「華麗なる賭け」チェスシーンのセクシーの秘密
    ★名盤「クリムゾン・キングの宮殿」の実在のモデル発見
    ★映画「男と女」サンバ・サラヴァの謎

    といった解読シリーズがあります。

話を戻します。
現在でも、純潔への願望ということでは、たとえば
ブリトニー・スピアーズが「結婚するまでは・・・」
( remain a virgin until marriage)
と言っていましたね。
実際は嘘で、PRのためのイメージ戦略だったのでしょうが
(ヒミツをばらしちゃうような異性とは、つきあわないが一番だったのです)
ブリちゃん、生涯をかけてのピュアなロマンスを
素直に夢見る女性でいたかったのかもしれません。
いや、ブリトニーに限らず、乙女心は永遠に、でしょうね。

それと、追記しますが
当代のセクシークイーンと言うべきビヨンセ Beyoncé 。
彼女も、二人目の恋人である夫の前に
そうした行為はなかった、と話していますね。
心のありよう、筋の通った生き方の反映でしょうが
女王でいつづける秘密がうかがえるエピソードでは?

Wikipedia によると、 virginity pledge (純潔の誓い) 
というこだわりもあって、そんなリングを指にしていたりします。
若者らしい潔癖さもあるのでしょうが、義務感よりも、気持ちの上から
特に若いカトリック信者の間で広く支持を得ているようです。

virginity は女性だけのことではありません。
男性も同じです。
そこに男女の区別はありません。
処女であろうと童貞であろうと、それは
virgin であり、virginiity を保っているということ。
女性ばかりをとやかく言うと
おかしなことになります。

あ、このページでは
ローズのことをいろいろ書きますが
弊社は、高島屋とは
まったく関係ありません。
イチオウ、念のため^^

薔薇のバチャータ      by  フアン・ルイス・ゲーラ
(日本語訳は舎人独言の中にあります)

結婚式で花嫁が手にするブーケ。
バラが多いですね。
その起源は・・・。
愛と美の女神、ヴィーナス(ギリシャ神話ではアフロディーテ)が
海の泡から生まれたとき
最初に咲いたのがバラと言われます。
それで愛と美と純潔のシンボルとして
現代でも花嫁の花なのですね。

a long-stem rose  長い茎のバラがひとつ とは
I love you の意味です。

バラと言えば、オペラの「カルメン!」 
なんて肩に力が入る方もいるかもしれません。
上記のように西洋風アレゴリーの見方からすると
オペラの舞台でバラを口にくわえていたり、
男に投げかけたり、身につけていたり、胸の谷間にはさんでいたら
わかる人はわかるだろうという演出なわけで
カルメンは処女であることを暗示しているかもしれません。
ただ、メリメの原作で持っていたのは地味な黄色のアカシアの一種のようです。

もちろん、赤いバラは情熱的なイメージです。
だから実際は、
カルメンにふさわしい視覚効果ということを理由に
ハリウッドの映画監督たちが、
アレゴリーはさておきと、無関係に採用しまくったのが
カルメン=紅いバラ の始まりのようです。
(ちゃんと踏まえた人物設定をしている映画もあるかもしれないけれど、
観ていないので、なんとも言えません)
つまり、バラだからと言って必ずしも virgin と読み解くことに
こだわらなくてもいいのでしょう。
特に原作通り、元情夫のガルシアが登場するなら、当然、
薔薇を口にくわえたカルメンは混乱のもとになります。

ただ薔薇のアレゴリーを知っている演出家の舞台なら
その大枠を抑えた上でのカルメン像もあることでしょう。
今日のカルメンはどっちかなぁ?なんて確かてみるのも
観劇の際の一興(いっきょう)かと思います。
ヒロインの人物像が違うのだから、ドラマの細かなニュアンスが相当に異なるでしょうから。
ま、薔薇の香にひたってみたカルメン幻想です。

スペインのロシオ・フラードによる舞台です。
「わたしはカルメン ジプシー(ロマ)の女」と歌いだします・
舞台のタイトルがそうですが、たびたびス ペインのカルメン 
と歌われます。ビゼーのフランスのカルメンでなくて
正真正銘、スペインのカルメンというアピールでしょうか?

カルメンとは、詩という意味。日本ではだから、詩子ちゃんとなるのかな。
 で、深い赤のカーマインレッドは、スペイン語でカルミンです。
 カルメンとカルミン。アクセントの位置は違いますが、なんとなく響き
あいますネ。

 アルハンブラ宮殿のあるグラナダでは Carmen del 〇〇〇〇〇 といった
 カルメンがたくさんあります。語源はアラビア語で「カルメ」。ブドウ棚
 という意味です。庭にブドウ棚を持った家をカルメンと言うのだそうです。

スペインにも居住して、ヨーロッパが日本に与えた刺激について、再発見とも言える
考察をして日本文化に貢献した作家堀田義衛は、カルメンに関する情熱について、
著書「美しきものを見し人は」の中で、次のように語っています。
「情熱的ということと、『明るい』という概念とが、
どこでいったい縁組みすることが出来るものか、
これは途方もない話ではなかろうか。
なにもスピノザの次のような、理性的な、従って
『明(るい』(明るい、に、意を促す‘‘‘がついている)ことばを
思い出すまでもないのだが、
  ----激情というものは、我々がそれにふさわしい理念をつくり出すとき、
激情たることを止(や)める。
 だから、激情、あるいは情熱的であるということは、受身(パッシィヴ)な、実は
暗いことなのだ。明るいどころのさわぎではない。」

実際、パッションとは後述するように、受難のことなのですが。

で、同書に触れたついでにですが
ガウディによるグェル公園のベンチについて、夜11時すぎころから
見るにも座るにも適切な状態になると指摘しています。
「その仄暗い、星の光り、あるいは月光のもとで、はじめてこれらのどぎつい彩色を
ほどこされたベンチが、自ずからに眼覚めて生きはじめる、
息をしはじめるのではなかろうか、というのが私の感想である。」と。
「その時間になってはじめて、その波のうねりと、金波銀波になる筈のタイルや
瀬戸物の破片が照りかえしてくれる光の交錯に酔える筈であろう。
真昼間のカンカン照りの下では、彼らは半睡半死、つまりは午睡(シエスタ)を
眠っているのである」と。
「陰翳礼賛」の国の美意識の、まさに神秘主義に一脈通じる
発見であり、評論であり、ガウディを理解したい人々への貢献です。
ぜひ参考にしたい、さすがの見識ではないでしょうか。

さて、往年と言っては失礼ですが、昭和期、まさにカルメンの代名詞のように活躍した
成田絵智子(メゾソプラノ)さんは、ドン・ホセに舞台で100回以上も刺されて殺され
そのたびに、「最初からこんな風に愛してくれたら・・・」と思ったそうです。

と、またまた脱線しますが、意気地なしのドン・ホセと共通する感覚が
日本のド演歌に・・・。いや、似て非なる感覚かな?
寅さん映画の第一作で、光本幸子演じる冬子が、酔って千鳥足で歌った
「殺したいほど惚れてはいたが 指も触れずに別れたぜ~♪」。
北島三郎の「喧嘩辰」の三番です。
たしか別のある映画では、彼自身が風呂の中で、こぶしを回していました。
いわゆる「男の純情」という、ちょっと古風な価値観ですが・・・。

冬子は、わざわざ三番の歌詞を歌っていたのですね。
(現場で急に、監督に頼まれたシーンのようです)
帝釈天のお嬢様にも、そんな風に愛されたくて
でも、どうしても略奪に踏み切れない
彼女を大切に思ってくれる男性がいたのでしょうね。
で、結局、別の、銀行員だったかな、後年、
結婚して授かった子供を抱く、幸せなシーンが出てきます。
激情に身を任せなくてよかった・・・。
人生の勝ち組って、そんなものかもしれませんが・・・。
でも、喧嘩辰とドン・ホセ、共通するものがあるのか、ないのか。

すみません。
さらに話を戻しましょう・・・ともかく、薔薇のアレゴリーで演じられるカルメンなら
男を利用するだけの悪女ではない。ボタンがかけちがってしまったけれど
心の中では、恋にかけるピュアな想いが・・・ということですね。
チヤホヤ注目されて、いかにもすれっからしのように振る舞ってはいるけれど
実はまだ男の生態がよくわからず、だから勝手に思い込んで間違った方向へ
ちぐはぐな判断が行ってしまう、妙に勝気なツンデレ美少女の悲劇的情熱・・・
と観たほうが、より深い味わいになると思うのですが、いかがでしょう?

(パッションの第一義は、受難です。
バッハのマシュー・パッション Matthew Passion は、マタイ受難曲のことです。
十字架上に至るイエスを描いた映画のタイトルも、 Passion と、そのままでした。
布教であれ、「見果てぬ夢」で紹介したドン・キホーテの遍歴であれ、恋愛であれ
受難に至るほどの情熱とは・・・。現実では、そんな覚悟はなかなかなのですが。
あ、果物のパッションフルーツも、イエスの受難にちなみますね)

( 誠実なある種の男は、好きな女性にツンとやられると、もうダメです。
 とにかく、想う人から発信される言葉や態度を
 大切に思っている人の意思だからと、そのまま忠実に受け取ってしまいがち。
 多分、正反対の位置にあるだろうホストならそんなことお構いなしでしょうが
 ある種の誠実なヤツは、誠実なほどに、もう全然、手が出せなくなって・・・。
 そんな傾向を、カルメンのような女性は理解できないのが悲劇なのかなぁ?
 とにかく、少しくらい損でも、そんな誠実なヤツでありたいものです)

そして、オペラ⇔歌という連想では
孤独でブルーな魂を歌声でたたきつけていた
不世出のブルース・ロック歌手、ジャニス・ジョプリンを
モデルにした映画のタイトルは「ザ・ローズ」。
生き方は薔薇のようにエレガントにできなかったけれど、
薔薇と呼ばれるのにふさわしい無垢(むく)な女性だったと信じます。
(ベット・ミドラーって凄い歌手ですね。あの役は、彼女にしかできませんとも)

ところで、「ベルサイユのばら」って、どうして「バラ」なんでしょう?
だれが、なにが、「バラ」なのかなぁ?
読んだことも観たこともないから、わかんないや。
読むくらいは、したほうがいいかな?

童貞聖マリアまたは童貞なる御母((ヴィエルジュ・メール)のシンボルのひとつが薔薇。
カトリック聖歌では 海の星 マリス・ステラ(ステラ・マリス) と呼びかけられますが
マリア様は Maria rosa mystica (神秘の薔薇のマリア)ほかの名も捧げられています。
(ミッション系中・高校の「海星」って校名の由来は、聖母マリアにちなむわけです)

Maria (マリア)とは、ヘブライ語では Myriam (ミリアム、マリアの古い表現とも)。
海(Yam)の一滴の水(Mar)または女見神者(預言者)の意味で
聖ヒエロニムスの解釈だそうです。(竹下節子著「聖女の条件」ほか)
また「ガウディの鍵」というスペインのミステリーでは、マリアを
「天の鏡」という意味だとしています。出典は示されていません。
マリアの由来について描かれたネット上の記事では
「従順ではない(反逆)」とか「太った=美しい女」とする説が紹介されていますが。
ミリアムは、古い形というばかりではありません。
ミリアム・エルナンデス Myriam Hernandez という
スペイン語圏はチリ出身の素敵な歌手がいます。
いい曲がいっぱいで、大好きです。

オリジナルはリチャード・マークスの One more time で
ラウラ・パウジーニも歌っていますが
この歌心のほうが深いと思うな。
日本語訳は ミリアム・エルナンデス 今ひとたびの のページで。

イエス様への祈りの取次ぎ役(代願)として
信者の間での人気は常に変わらぬ女王の地位にあります。
それは、イエス様が最初に奇蹟を現したカナの婚礼の時、
ワインがなくなったことをイエス様に教えたことに由来します。
イエス様が見落とすことがあっても、マリア様がとりなして救ってくださる、と。
聖母マリアへの祈りのときに使われる数珠は、だから、
ロザリオ (ラテン語 rosarium に由来し、薔薇の冠の意)です。

出現したマリア様によって開かれた奇蹟の泉で有名なルルドですが
その地に建てるように指示された聖堂の名は
なんで?と訊くまでもなく、当然のようにロザリオ大聖堂です。
(ロザリオ広場もあるそうです)

織豊時代の宣教師といえばイエズス会のフランシスコ・ザビエルですが、
教皇庁によって最初に布教が許されていたイエズス会や、
後に関東以北を中心に宣教したフランシスコ会ばかりでなく
あの女性への不信感が強いトマス・アクィナスが所属したドミニコ会も
後述するように、日本に大きな影響を与えています。
そして、ドミニコ会といえば、ロザリオです。

ドミニコ会では(性から切り離された)童貞マリアへの信仰が深く
聖別されたロザリオをくりながらアヴェ・マリアの祈りを捧げますが
異端に対して反撃のための武器としても、ロザリオを用いたりしました。
江戸時代初期、フィリピン経由でまず薩摩に渡来したドミニコ会士は
長崎での殉教が有名で、列聖されてもいますが
彼らの組織が、やはり、ロザリオ信心会という名前を持ちます。
そして、信心会は隠れキリシタンとなって現代につながっていきます。
隠れキリシタンと言えば
十字架上のイエス様の磔刑(たっけい)の姿でなく、
むしろイエス様を胸に抱いた慈母観音のようなマリア様が、
ついイメージされるのですが、聖母マリアを特別視する
ドミニコ会の教えが背景にあったわけです。

ちなみに Jesus (英語ではジーザス、スペイン語ではヘススと読みます)の 
Jes とは、ヘブライ語で火、太陽、神性を意味するそうです。
フルカネリ著「大聖堂の秘密」で知った語源です。
となると、us は、ラテン語の格変化のひとつで
主格をつくり、「Jes は、Jes が」と、主語となることを意味するのでしょうか?
Jes → イエス の音の変化は理解できます。
イェルサレム Jerusalem がそうなのですから。
子供の頃、エス様って言っていて
なんでイエス様じゃないんだろうって不思議だったけれど
Jes様 ということなら、イエス様や、もちろんジーザスよりも
エス様のほうが、より語源に近かったわけです。

(イエスそしてジーザスの語源・意味を、
ネットで検索してみました。
2013年 5月1日現在、ウィキペディアや個人の記事ほかで
フルカネリ師が解き明かした
Jes の語源を指摘した例は見当たらず、初出のようです。
でも多分、大丈夫。
インチキと言われもしますが
師はヘレニズム学の泰斗であることは事実でしょう。
そもそも翡翠マグがそうですが
このホームページでは、素晴らしい価値がありながら
世に隠れた名曲・名唱、語源などを紹介しています。
ほかの皆さんが既に言っていることを、わざわざ発信する必要など
ありません。すみません。ちょっとCMが入ってしまいましたが)

イエスの語源では、ネット上で次のような説もあります。
「ヤーウェ(神)は救いである」の意味のヘブライ語人名イェホーシューア(短縮形ヨシュア)が
ギリシャ語形になった「イエスース (イエースース)」 が 「イエス (イエズス)」 (以下、略)

クレジットを示します。「幻想世界神話辞典」というサイトです。
公開されていますので、ご紹介します。
幻想世界神話辞典  イエス・キリスト Jesus Christ (クリックしてください)
となると、イエスとは「「神は救いである」という意味になります。
そしてイエス = ヨシュア となります。 英語ですと、 Jesus = Joshua 。

こちらのサイトでも同じ説です。
ヨシュアはイエス (ナビです。クリックできます)
そうかもしれません。フルカネリ師とどちらが正しいものか。
師は、「神」とまでは言っていませんし、「救いである」とも言っていません。
人がその御名を呼ぶとき、
それは救いを求めている、ということなのか・・・。
結局、「火、太陽、神性」とは、「神 」のことだからと導き出された説かもしれません。
Joshua が、 Jes  から派生していることはありそうです。

 

さて、薔薇 rose からエロス eros へ、
まさに「秘すれば花」で、ホントに秘密にとどめたい変容でしたが
英語には、 under the rose という熟語があります。
まさに、「秘密で」という意味です。
ローマ帝国での秘儀や宴会、カトリックの懺悔の部屋に薔薇が飾られ
ここでのお話は、ここだけのこと、を意味したそうです。

とはいえ、バラはもともと中国南部あたりが原産地です。
長い年月をかけ、西へと伝わっていき、イングリッシュ・ローズとして
いちおうの完成を見たようです。
その中国で、唐の詩人、白居易( はく・きょい、772-846年 )によって
バラは、こんな風にうたわれています。

少府無妻春寂寞
花開将爾当夫人

少府(しょうふ)に妻なくして春は寂寞(せきばく)たれど
花開かば、なんじをもって夫人に当てん

少府とは詩作した時の官職名で、ここでは白居易自身のことです。 
当時、バラはまだ地味な、いまの茨のような花だったようです。
余談ですが、花の精となって現れた薔薇夫人に、
白居易は、第一夫人が贈られるべき翡翠をプレゼントしたかしらん? 
なんて、想像するのも楽しいんだけどネ。

(名宰相として則天武后の治世を支え、
謎解きが、日本に渡って大岡裁きのお話にも影響を与えた
狄仁傑{ディー・レンチエ、てき・じんけつ、630 – 700年}は
現実ももちろん、そうだったでしょうが
ある小説の中で、ちゃんと翡翠のかんざしを正夫人に贈っています。
このころは、宝石である翡翠はまだ登場せず(18世紀以降です)、
玉(ぎょく)のひとつとして、まともな翡翠文化と翡翠への理解が存在していました。
当然、すでに玉石混交で、ニセモノも本物もごっちゃ状態だったでしょうが)

実際、薔薇は、さまざまにイメージを喚起する力を持っているようです。

ウンベルト・エーコの小説「薔薇の名前」では
唯名論から恋愛論まで、薔薇はどれほどの意味を持っていたものか。

無名のピカソやセザンヌを発見し、
パリ画壇の美の審判者でもあったアメリカ女性、ガートルード・スタインは
A rose is a rose is a rose is a rose. と語ります。
薔薇は薔薇であり、薔薇であって、薔薇である、と切り取って見せたのです。
内面の充実と外面の玄妙な明確さをもって
ひとたび薔薇と言うのなら、もはや薔薇としか言い表しえない
絶対的存在としての薔薇なのだと。
(彼女は、ヘミングウェイやフィッツジェラルドに影響を与え
 その文学にロスト・ジェネレーションの名前を与えています。
 そんな理解力・感応力のある女性は、それだけで尊敬に値します。)

あるいはリルケは
ひとつのバラはすべてのバラ と、
スリリングかつエレガントに普遍してみせます。
ひとりの女性はすべての女性だ、と。
その内部空間の充実を必要十分な唯一の資格として。

シェイクスピアは、あどけなさが残るジュリエットに
ロメオを想う苦悩と輝きを与え、名シーンを描きます。
What’s in a name? that which we call a rose
By any other name would smell as sweet.
名前にいったい何があるというのでしょう?
なぜって私たちが薔薇と呼ぶものは
ほかのどんな名前であったとしても
同じように甘く香るものを。
Romeo is Romeo is Romeo is Romeo ですね。

赤毛のアンのシリーズで、アンは
“I read in a book once that a rose by any other name would smell as sweet,
but I’ve never been able to believe it.
I don’t believe a rose would be as nice
if it was called a thistle or a skunk-cabbage.”
なんて、口答えしていますね、

上のほうのyoutubeで紹介している
フアン・ルイス・ゲーラの「バラのバチャータ」でも
軽快なリズムと親しみやすいメロディなのに
奥が深く、秘密をかかえていそうに歌われていたバラでした。

バラって、美しい容姿以上に奥深いことと言ったら!
8月31日の I love youの日 など
遥かに及ばない数の秘密を隠しているんですねぇ。

ロマンティシズムの精華であるバイロンから半世紀ほど前の
シェリー  Shelleyに、次のような詩があります。
冒頭の1行がタイトルになっています。
最後の2行が言いたいのね。

Music, when soft voices die,
Vibrates in the memory —
Odours, when sweet violets sicken,
Live within the sense they quicken.

Rose leaves, when the rose is dead,
Are heaped for the beloved’s bed;
And so thy thoughts, when thou art gone,
Love itself shall slumber on.

薔薇の葉 それは 薔薇の枯れ果てるその時
積み重ねられて最愛の者のベッドとなる
それゆえに お前の思いは お前が亡くなるその時
愛そのものがまどろんでゆくのだ

さて、最後は「モナミ・ラ・ローズ(バラは友だち)」を歌った
占星術を自ら行うフランソワーズ・アルディに飾ってもらいましょう。

やはり自分と同じ名前のバラの品種を持つ
カトリーヌ・ドヌーヴを採り上げたことがあります。
以前、紹介した Paris Paris です。
そのマルコム・マクラーレンのアルバムに
「花のリヴェンジ」という曲が含まれています。
アルディが歌っていますが、これはシャンソンとは言えません。
起用の理由を、彼はライナーノートにこう書いています。
「フランソワーズ・アルディは
 いつも満たされぬ想いを歌っていた」。

・・・ まさに。
バラだってつらいんですね。
星の王子さまも、
王子さまが大切にしたバラも、実はそうだったように。

ああ、つかれたぁ。
時間をかけて集まってきた情報なのですけれど、ごめんなさい。
一度に読ませられたら、消化しきれませんね。
R・シュトラウスの「薔薇の騎士」、
「薔薇の中の薔薇」というカンティーガ(歌曲)集etc.
割愛したものも相当にあるのですが。でも
知ること、世界を理解することは、なんとスリリングなことでしょう。
宇宙も、水も、人体も、身近に接することができるのに
未知の真実を隠し持っていて
人類の解明を待っている・・・。

お役に立つ情報があったなら幸いです。
ご苦労さまでした。

花のリヴェンジ     by  フランソワーズ・アルディ

あなたの甘いバラの香りが消えていく
わたしは曲を書く
あなたがくれたのは
罪のキスだけよ

あなたの優しげな手が持つ花
いつの日か あなたをそんな風に感じるわ
でも今はただ わたしに触れてくれたなら

それはゴーストのようにうっすらとしたため息
あなたのキスで生き返るまで
喜んでバラの香りを胸に満たすわ

たくさんのキスが告げる「さよなら」
Bye bye bye
死ぬわけじゃないんだって!
孤独のファンファーレが鳴り響き
千ものキスがわたしに歌いかけてる

部屋を埋め尽くす
あなたの花
花の幸せを調べにしてるわ
花の摂理は死ぬさだめ
なんて言ってるみたい

何時間も何時間も愛しているのに
心満たされない花
柔らかにわたしが息を詰まらせるのは
もうすぐ

唇を大きく開いてる
力いっぱい開いているの
最後のキスを求めて
両手を胸にきつく抱いて

何時間も何時間も愛しているのに
心満たされない花
柔らかにわたしが息を詰まらせるのは
もうすぐ

たくさんのキスが告げる「さよなら」
Bye bye bye
死ぬわけじゃないんだって!
孤独のファンファーレが鳴り響き
千ものキスがわたしに歌いかけてる

「もうわかれる」と記者会見したほど
いろいろあったジャック・デュトロンと、後年
アルディは夫婦として素敵なデュエットを聴かせてくれるのです。
リヴェンジではありませんね。
花の勝利なのです。