屋根の上のバイオリン弾き 和訳 サンライズ サンセット 知床旅情 ユダヤ人迫害 アウシュヴィッツ なぜ

世界の永遠の名曲に日本語訳をつけて応援しています。
魔法? 失われた古代の 不思議 が復活です! 笑顔がはじけていますネ。
2つ目のマグカップの動画です。(弊社PR)

ミュージカル「屋根の上のバイオリン弾き」
(Fiddler on the roof)から
Sunrise Sunset  サンライズ サンセット を翻訳
しています。またタイトルの意味やユダヤの名曲たちを
下の方の動画で紹介しています。一番下では、アウシュヴィッツ
での虐殺の背景、ヨーロッパの反ユダヤ主義の伝統などを紹介しています。

テヴィエ)
これが わたしが抱っこして歩いたあの娘(こ)なのか?
これが 遊んでいたあの小さな男の子なのか?


 
★舎人独言にどんな音楽がある?を探す
ミュージックリスト(目次.クリックできます)はこちら。

ガリレオを支持できましたか? 翡翠マグは?
今まで見たこともない翡翠の プチ不思議 は23秒から。
皮膚トラブルで貢献できるケースだってあります(この行をクリック)
翻訳と同じく ありのままを誠実に です^^

 
  翡翠マグは現在、日本国内では販売しておりません。
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一端を実際に体験していただくため、無料体験会を開いています。
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ゴールデ)
年を取った気がしない
あの娘たちはいつの間に?
テヴィエ)
いつの間に あの娘は美人になっていたんだろう?
いつの間に あの子はこんなに背が高くなったのだろう?
ゴールデ)
あれは昨日じゃなかったの?
いつのことだっただろう あの娘たちが小さかったのは?

男)
日が昇り 日が沈む
日が昇り 日が沈む
瞬く間に流れ去る 日々は
蒔かれた種は一夜にしてヒマワリとなる
まさに わたしたちが見つめるうちに花開く

女性)
日が昇り 日が沈む
日が昇り 日が沈む
瞬く間に飛び去る 歳月は
季節からまた季節へと巡る
幸せと涙を積み重ね

テヴィエ)
二人に与えるべき智恵の言葉は何があるだろう?
行く末を楽にする手助けをどうすればいいものか?
ゴールデ)
さあ あの娘たちは覚えていくのよ
次々とあれこれを 日々に
パーチック)
彼ら とても自然に寄り添っている
ホーデル)
まさに新婚の二人があるべきように
パーチック & ホーデル)
天蓋は ぼく(わたし)のために調(ととの)えられただろうか?

全員)
日が昇り 日が沈む
日が昇り 日が沈む
瞬く間に飛び去る 歳月は
季節からまた季節へと巡る
幸せと涙を積み重ね

「気」を発振する不思議な翡翠マグ と I love youの日(8月31日) の
青雲舎(株)が日本語への置き換えに挑戦しています。
それは歌が意味する世界を可能な限り正確に理解するための試みです。
無断転載はご容赦ください。リンクはフリーです。

翻訳について。
canopy 天蓋 は、ヘブライ語 chuppah の英語訳。
結婚式の間、新郎新婦は、二人が共用する屋根を意味する
chuppah の下にずっと立つとされます。
実際は儀式用布地を天蓋に見立てます。

映画で見られるように、二人の上にテントのように
張られている白い布がそれです。従って
“Is there a canopy in store for me?” は
わたしはもうすぐ結婚するはずだ というニュアンスです。
二人が視線を交わしますが、お互いが共有するこの想いを
確認し合ったんですね。素敵な以心伝心。

Impossible dream 見果てぬ夢 で紹介した
ロバート・グーレも素晴らしいパフォーマンスです。

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    舎人独言には
    ★エロスに変容するバラの寓意
    ★ノートルダム大聖堂の聖なる秘数
    ★オパキャマラドの風景
    ★映画「華麗なる賭け」チェスシーンのセクシーの秘密
    ★名盤「クリムゾン・キングの宮殿」の実在のモデル発見
    ★映画「男と女」サンバ・サラヴァの謎

    といった解読シリーズがあります。

Fiddler on the Roof というタイトルは
シャガールが描いた Fiddler から。
屋根の上のバイオリン弾き なんて、とても危なっかしいわけですが
首を折らずに美しいメロディーを奏でようと努力する者
という、生き残りのための姿勢を比喩しているとされます。
またテヴィエがしがみつく伝統でもあるようです。

Anatevkaは原作では架空の村、Boyberikの近くとされていますが
そのモデルとなったのは当時、ロシア帝国の一部だった
ウクライナの首都、キエフ近郊の Boyarkaという町。
作者Sholem Aleichemが家族と共に何度も夏を過ごしたリゾート地です。

1905年という時代設定。本来、ロシアはユダヤ人の居住を許可しておらず、
そのために3日以内で立ち去れとの追放処分を受けます。
結局、テヴィエ夫婦はアメリカのシカゴへ移住。
三女のChava はボーランドのクラクフへ(40年ほど後にナチによる恐怖が・・・)。
仲人のお婆さんYenteはイスラエルへと離散していきます。

日露戦争で敗戦が予想された日本に、ロスチャイルド家が
無謀と思える資金援助をしたのは、こうした反ユダヤ勢力に対抗し
同胞を支援したかったから、とされています。

小津安二郎の映画と共通するものを感じます。
日は昇り 日は沈む
新しい者が力をみなぎらせてきて
古き者は次第に退場していくのです。
何の不思議もありません。
幸せと言ってもいい。
感動と哀しみが入り混じるけれど。
それは歌詞の通り。

Chava Sequence-Fiddler on the Roof
チャヴァら娘たちのダンス。美しい情景です。
ロシアに住むユダヤ人らに再び苦難の歴史が
迫っていただけに、この瞬間よ、永遠であれ
といった祈りを感じます。
嵐の前の静けさなんですね。
日本人より、時間の流れがずっと長期的なのでしょう。

名匠 ノーマン・ジュイソン監督の作品。
さすがですね。
エロティシズムとは決闘なのだと
ねっとりと息詰まるようなチェスシーン(解読が舎人独言にあります)
を描いた「華麗なる賭け The Thomas Crown Affair」
の次回作品で、三年後の快挙ですね。

Sex and the City 2(映画) で
Stanford and Anthony の結婚式に
使われていましたね。これで少なくとも片方の男性が
ユダヤ系とわかります。多分、二人ともでしょうけど。

森繁久爾の舞台が公演記録を持っていますね。
知床旅情 を作り、歌った氏ですが
あれって替え歌だったんですってネ♪
東宝映画「地の涯に生きるもの」の主題歌で
その時は「オホーツクの舟歌」。
「オホーツクの海原 ただ白く凍てはて」って歌いだし。
ちゃんとレコードも発売されました。

それがお世話になったということで「サラバ羅臼」となり
しれとこ旅情(後に知床)となりました。で、今度は
阿寒に行ったとき、そこは芸能人、愛想を振舞って
言葉をちょっと変え、「これは阿寒の歌です」って
ついサービスしちゃう。
ま、いいか♪

作詞・作曲をしているからできる芸当です。
確かに「早春賦」と似ているけれど
原日本の風景的メロディーだからなぁ。

上の動画は、ナナ・ムスクーリが歌った世界的大ヒットとなった
8もちろん、日本でも) オーバー・アンド・オーバー の
オリジナルとなった 弾けよ バラライカ です。

ところで、本物のユダヤ人のヴァイオリニスト
イツァーク・パールマン Itzhak Perlman が
ユダヤのメロディーをレコーディングしています。
上の曲は ユダヤの母 A Yiddishe Mamme The Jewish Mother

中でも一番に好きなのがこの曲。
暖炉に火が燃えています At the fireplace
Oif`n Pritpetchik brennt a feier`l  

Raisins and Almonds  レーズンとアーモンド

 

Doyna ドイナ
結婚式の後、踊り狂うあのシーンもかくやと思わんばかりです。

アウシュヴィッツ。
ユダヤ人虐殺の象徴です。
ホロコースト(大量虐殺)の代表的現場でもあります。
ナチス政権下の人道に対する犯罪ですが
ヒトラーはだから歴史的犯罪人
ヒムラーは人間の皮をかぶった獣といったレッテルを貼って
あとは思い出したくない記憶として忘れるにまかせる。
しかしそれは思考停止というものです。
そうやって安全地帯に身をおきながら、
旅行で訪れたり、テレビでみたときだけ涙を流し、
そんな人非人ではない自分を再確認して安心する・・
ということになっていないでしょうか?

思考停止したら、より深い理解を得ようと努力しないでしょう?
家庭では良き夫であり、優しいパパが、この強制収容所を運営したのです。
普通の人間が人類史上、特筆されるべき犯罪の直接の関係者なのです。
普通の人間が、こんな非道に踏み込んでしまうのも人間性なのです。
ヒトラー、ヒムラー、イルマ・グレーゼ、メンゲレといった個人に
全責任を帰してしまったら、本質がみえなくなります。
ナチスの行為の背景には、ヨーロッパの伝統的なユダヤ人迫害があるのです。
アウシュヴィッツに至る、長くて根深い「なぜ」があるのですが。

反ユダヤ主義の原因は普通、イエスを有罪とし、十字架に架けたからだ
と言われます。信仰の拠り所であり、最も敬愛されるべきイエスを
ユダヤ人の意思によって殺害したのですから、
反感や憎悪は当然かもしれません。
だから中世ヨーロッパで描かれたキリストは、包茎状態で
描かれています。ユダヤ人なら赤ちゃんのときに割礼されますから
包茎ではないのが常態です。つまり、イエスはユダヤ人ではない
と、その絵画は主張しているわけです。
しかし冷静に考えてみれば、わかりますよね?
ユダヤ教のラビが言うように、ユダヤ教がなければ
キリスト教やイスラム教がありえなかったことも事実なのです。

ただユダヤ教もイスラム教も、キリスト教と根本的に違うのは
イエスが神の子であるという新約聖書の考えを認めていない点です。
預言者としては受け入れているのですが。
(エルサレムを訪問して、それでもこの3つの宗教の神が
同じ神であると気づかないし、理解できていない人もいます。
なのにネットでエルサレムのあれこれを発信して・・・って
一番の基本が見えていないのに・・・。
それって、むしろ一種のミスリードでしょ? 3つの宗教の神が
そもそも同じ。神は自らを信仰する人たちに互いに戦えと言っているのか
という根本的な疑問が沸き起こるはずではないでしょうか?)

Hava Nagila  ハヴァ・ナギラ 結婚式や成人式で歌われるそうです。
意味は 喜べ だそうです。ユダヤのメロディーといえば、日本では
この曲がトップクラスの人気でした。

ヨーロッパの人たちの間で嫌われるユダヤ人像の代表的職業は
シェイクスピアの「ヴェニスの商人」のシャイロックが生業としていた
金貸しでしょうか。中世も現代も、キャッシュフローがなければ
企業としてはビジネス展開も、そもそも存立すること自体が難しい。
そこの肝心要を支配しているわけですから、あいつらにアゴで使われた
支配されたと、憎しみの対象ともなりやすいのです。
借金のときは感謝したこともあるでしょうけれど、そういうことは忘れられやすく
忘れにくいのが不快をこうむったことばかりというのが人間の常です。

では、なぜユダヤ人が金融業なのでしょう?
それは中世のキリスト教会が高利貸しを禁止していたからです。
利息が悪というコンセプトが認められないのはイスラム教も同様です。
イスラム社会は今も、日本にあるような銀行はないようです。
そうは言っても、キリスト教社会(キリスト圏)の商人銀行家は
ある通貨で金を貸し、別の通貨で回収する際
交換比率でちょっと、お金が潤うようにしくんでいたり
為替手形でも操作ができていたようですが。

でも、さすがに信用取引はできない。そこで登場するのが
ユダヤ人です。ユダヤ教の教義が高利貸しを禁止していないのです。
中東からもたらされる種々の香辛料、絹地、木綿、ビロード、
大麻、磁器、馬、絵画に欠かせない染料がベニスやジェノバを通して
通ヨーロッパへ。ヨーロッパからは織物、木材、ガラス、
石鹸、塩、銅、銀、金などがエジプトのアレクサンドリアへ向かいました。
ここで活躍したのがユダヤ人金融業者です。そして
国際金融での成功の結果生まれたユダヤ人富裕層に対し、
浮遊になれない側には嫉妬がありますから、そのシステムが充実すればするほど
反ユダヤ主義の源泉として機能してしまうことになったわけです。

ユダヤ人は1290年、イングランドで、1429年にはスペインで
公式に追放令を受けています。(結果的に、国力を落としています。
ナチス政権下のドイツでは読者層がガタ減りしたと言います))
飲み水に毒を入れたとか、キリスト教徒の幼児を殺害したなど
根拠のない噂で迫害されます。(関東大震災での朝鮮人殺戮と似ています)

ローマ教皇、パウルス4世(1476-1559年)は日本人がはじめて謁見した
法王ですが、またユダヤ人を狭い地域に閉じ込めるゲットーを、
ローマに初めてつくって反ユダヤ主義を実践しています。
1555年、発布された大勅書には「(教会は)ユダヤ人であっても
真のカトリックの信仰を身につけることが可能だという理由でのみ
彼らを許容するのである」とあります。
改宗しないと、ゲットーに追い込まれ、汚名の印としての黄色いバッジを
つけさせられたと言います。そしてゲットーは伝統となり、ナチス制圧下の
ワルシャワ(ポーランド)での様子が映像で記録され、残されました。

またエリザベス1世を破門したピウス5世(在位:1566-1572年)は
現在のローマ法王の白服の元祖となった教皇ですが
ローマ教皇領からのユダヤ人の追放(1569年)、ゲットーへの
封じ込めを実施しました。死後はめでたく聖人に列聖されているのですが。
(法王が一般的だが、ヴァチカンは教皇の使用を推奨)

プロテスタントの側でも、ルターが非寛容な発言をしています。
1514年、ルターは「ユダヤ人はつねにわれわれの神とその子の
キリストを呪い、冒涜しようとしている」
また「スペイン人のほとんどは、半分ムーア人やユダヤ人であって
彼らときたら、いかなる信仰心ももっていない」と語ったとも言われます。
現代のアメリカで同じ発言をしたら、もう社会的に抹殺されますね。間違いなく。

だから、おわかりですよね?
ヒットラーはヨーロッパの伝統に基づいて考え
忠実すぎるほどに、生真面目すぎるほどに、額面どおりに
その言説を実行しただけ、とも言えるのです。
ヒトラー自身は正しいことをしていると信じていたでしょうし、当時
ドイツの多くの大衆が、その大殺戮を生活感覚して正当なものと受け入れる
素地を持っていたのです。だから日常化するユダヤ人への
迫害を見て見ぬ振りをして、主張・意見の上でも、行動の上でも、反ナチとは
ならなかっのです。その静観とは、普通の人も無言で支持したとも、本来は
呼ばれるべきなのです。
映画「顔のないヒトラーたち」(原題:Im Labyrinth des Schweigens 沈黙の迷宮)は
親衛隊員のことだけでは本来、ないのです。
国民は、沈黙を共有したのですから。
(ヨハン・ゲオルク・エルザー(Johann Georg Elserによるヒトラー暗殺未遂
は輝かしい?例外といった存在でしょうか。テロリストではあるけれど)

やりすぎた。問題は、やりすぎただけ、と理解する向きも現在、残っています。
いかに差別が根深いか、簡単にヒットラーやナチスのせいにして
納得=思考停止していないでしょうか?
ある北欧をミステリーを読んでいて、これはユダヤ人ではなく、ロマ(ジプシー)
のことですが、警察関係者が「ヒトラーがいけなかったのは、徹底しなかった
こと」といった発言をして、問題の根深さを垣間見せていました。
「負の記憶」を巡るダークツーリズムは、今後、新しい切り口の観光資源として
ますます光が当てられるのでしょう。けれど、そんな場所を観光でちょっと巡って
それで簡単に贖罪意識を満足させてしまったら、それは違うのではないでしょうか?

日本にとってユダヤは遠いのです。
むしろ反中、反韓こそ、日本人が陥りがちな落とし穴です。
無意識のうちに、レイシズムにとらわれていないか?
もちろん、正当な反論はいいのです。反論すべきです。
ただ坊主憎けりゃ袈裟まで・・・といった思考回路は避けたい
ということなのです。