夢のカリフォルニア 和訳 ママス & パパス 不倫

世界の永遠の名曲に日本語訳をつけて応援しています。
魔法? 失われた古代の 不思議 が復活です! 笑顔がはじけていますネ。
2つ目のマグカップの動画です。(弊社PR)

The Mamas And The Papas が歌う  California Dreamin’ の
翻訳とグループ内の不倫、歌詞のナゾを紹介しています。

葉の色は全部茶色だし 空は灰色だ
散歩に出たよ ある冬の日に
事もなく 温かだっただろう ぼくは
L.A.(ロサンゼルス)にいたのなら
カリフォルニアを夢に見るんだ 
そんなとても寒い日に


 
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ガリレオを支持できましたか? 翡翠マグは?
今まで見たこともない翡翠の プチ不思議 は23秒から。
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翻訳と同じく ありのままを誠実に です^^

 
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教会に立ち寄り 通路を歩いていったよ
まぁ ひざまずいて祈るフリをしたんだ
伝道師って寒いのが好きなんだね 
彼はわかってた ぼくが長居するつもりだって
カリフォルニアを夢に見るんだ 
そんなとても寒い日に

葉の色は全部茶色だし 空は灰色だ
散歩に出たよ ある冬の日に
彼女に言わなかったら きょう ぼくは出て行くことができた
カリフォルニアを夢に見るんだ 
そんなとても寒い日に

とても寒い日の
とても寒い日の

「気」を発振する不思議な翡翠マグ と I love youの日(8月31日) の
青雲舎(株)が日本語への置き換えに挑戦しています。
それは歌が意味する世界を可能な限り正確に理解するための試みです。
無断転載はご容赦ください。リンクはフリーです。

California dreaming  という言葉自体、そもそも否定的比喩表現です。
起こりそうもないことを意味し、おとぎ話 みたいな語感のようです。

動画を見ても、ミシェルはダンナのジョンより、
デニーを気にかけているように見えます。
そりゃ、バレないほうが不思議です。

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    舎人独言には
    ★エロスに変容するバラの寓意
    ★ノートルダム大聖堂の聖なる秘数
    ★オパキャマラドの風景
    ★映画「華麗なる賭け」チェスシーンのセクシーの秘密
    ★名盤「クリムゾン・キングの宮殿」の実在のモデル発見
    ★映画「男と女」サンバ・サラヴァの謎

    といった解読シリーズがあります。

17歳ながら野心的なモデルだった Michelle Gilliam ミシェル・ギリアムが
サンフランシスコの The Hungry i で開かれたコンサートで
グリニジヴィレッジ(ニューヨーク)のフォークトリオ  The Journeymen の
John Phillips ジョン・フィリプス(ギターを弾いている)と知り合い、
駆け落ち同然にニューヨークへ。1962年の年末、ミシェルはジョンの2番目の
妻となっていたそうです。(しかし、このミシェルの奔放さは後に・・・)

二人はカリブ海のヴァージン諸島でリゾート気分だったけれど、ニューヨークへ戻ってくると
骨も凍る寒さで、ミシェルは暖かいカリフォルニアのロサンゼルスへ帰りたいと
ホームシックになっちゃった。(San Diego サンディエゴなんか、聖ディエゴじゃなくて
Sun Diego 太陽のディエゴ だってダジャレになるくらいで^^)
夢で曲のアイデアを得たジョンがアパートを歩き回ってメロディを考え、朝、ミシェルを起こして
1番の歌詞を見せます。

登場する教会は、マンハッタンの有名な St. Patrick’s cathedra セント・パトリック大聖堂
で、曲ができる数日前に教会へ行くのが好きなミシェルの影響で、二人で立ち寄っています。
ジョンは学校時代の嫌な思い出で、歌詞の教会の件は気に入らなかったけれど、
ほかに思いつかず、そのままとなったそうです。で、ミシェルが手伝って歌詞が完成したので
結局、ミシェルも著作権を所有することになります。
(1文字当たり幾らの収入でしょう!!! メチャクチャ効率的な作家活動です)

歌詞の2番の
You know the preacher likes the cold は時に
the preacher lights the coals に聴き間違えられる・・のが問題で
それは、彼らの意図的な仕掛けかもしれないという疑問は残ります。
というのは、当時のことで  the preacher lights the coals は
ドラッグを売る・買う・やる という意味を含んでいるかもしれないわけで・・・。

教会に立ち寄って、祈るフリをしたのは、彼がホームレスだから
という説もあります。ですが、それでは the preacher likes the cold は
なんのための言葉なのでしょう? 唐突にさしはさまれた感じで
不自然でしょう?しかし、ドラッグを暗喩しているなら、なるほど!ではないでしょうか?
the preacher 伝道師は、売人で
I’m gonna stay 長居をするつもり というのは、
購入するつもり とか そこでやるつもり なのかも?
しかし、確証は見つかりません。

シーアのパフォーマンス。
でも、オリジナルの素晴らしいコーラスワークが
この曲の持ち味じゃないかな?
さすがのシーアも、ねぇ。

Scala & Kolacny Brothers
やっぱり、コーラスが似合います♪
こんなに爽やかなメロディに相応しい歌詞なのか
それはわかりませんが。
ともかく、オールディーズとは呼びたくない
クラシック・ポップスの代表曲というポジションの
California dreamin’ です。

パパ・ジョンとミシェルはメンバーの Denny Doherty と一緒に住んでおり
デニーがミシェルを好きになり、ミシェルが受け入れたせいで、
グループ内不倫が発生します。1965年のことです。
(カリフォルニア・ドリーミンはこの年の12月にリリースされています。なんとねぇ!)
最初のうち、秘密は守られていたのですが、もちろん
事は露見して、夫婦は二人きりの住居に引越します。

ミシェルはこう語っています。
“Cass confronted me and said ‘I don’t get it.
You could have any man you want. Why would you take mine?'”
ママ・キャスは面と向かって言ったの、
「承知できない。誰であれ欲しい男は取ればいい。でも
どうしてわたしの男を?」というわけです。

ママ・キャスとデニーは、大好きなラヴィン・スプーンフル
のザルと親友関係だけど、なんだかなぁ。
ヒッピー文化って、そんな一面があるんだよねぇ。
誰にでもそんな要素はあるわけだけれど
その傾向がちょっと普通よりイージーに過ぎるといった・・・。

ま、それがもとで、ママ・キャスは独立しちゃうし、ミシェルはクビ。
ファンの根強い声のせいで、元に戻っていますが。
その後、ミシェルは女優として活躍しますが
ママ・キャス(キャス・エリオット)は体形のせいか早逝してしまうし
その後は、彼らの子どもたちのによるグループ結成のほか
あまりいい印象がないなぁ。

ママス&パパスが大ヒットを飛ばす前、居候するやら仕事で世話になるやらで
お世話になったのが BARRY McGUIRE  バリー・マクグワイアでした。
彼の Green Green は日本ではコーラスグループが盛んに歌っていましたね♪

バリー・マクグワイアは 夢のカリフォルニア を最初にレコーディングした
人物でした。お礼のためにジョンが贈ったのですが、やっぱりママス&パパスに
歌わせようとレコード会社幹部の判断でプロモーションはお蔵入り。
でも彼らのバッキングコーラスは歴然です。
ま、この声と曲調は確かに合わないしねぇ^^:

ジョン・フィリプスがThe Journeymenのメンバー、Scott McKenzie
スコット・マッケンジーに贈ったのが世界的ヒット曲 
花のサンフランシスコ San Francisco でした。
ベトナム戦争忌避の気分がフラワー・ムーヴメントに結実した
わけですが、それだけなら、ま、ヒッピー文化の光の側面ではあります。

今となっては卒倒しかねないほどに雑なアレンジのクラッピングですが
音楽としての素朴な魅力は当時の方が力強かったね。
今は音に気を使いすぎるくらいに使ってソフィスティケートさせているけれど
大切ななにかが失われているようです。