リチャードマークス 和訳 ミリアムエルナンデス 今ひとたびの逢うこともがな 和泉式部

世界の永遠の名曲に日本語訳をつけて応援しています。
魔法? 失われた古代の 不思議 が復活です! 笑顔がはじけていますネ。
2つ目のマグカップの動画です。(弊社PR)

いつも、あなただった
わたしのすぐそばにいたのは
傷ついています この別れに
あなたを失ったことを受け入れることに


 
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ガリレオを支持できましたか? 翡翠マグは?
今まで見たこともない翡翠の プチ不思議 は23秒から。
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翻訳と同じく ありのままを誠実に です^^

 
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わたしの幸せが、もし逃げて
あなたの中に隠されたなら
わたしには同じこと
生きていようと 死んでいようと

あなたを愛したい  もう一度
魂をひとつにし 空を飛びたい
天使のような顔のあなたを
もう離れていかないで

それは祈りなのです あなたにこいねがうのは
永遠にたどりつくまで 一緒にいて
世界に向かうのです 努力をするのです
あなたに恋するのです もう一度 

あなたの肌を記憶に刻みました
あなたの不安に酔いました
わたしは女そのものだったのです
そして今 あなたは行ってしまった

そして今 あなたは行ってしまった

あなたを愛したい  もう一度
魂をひとつにし 空を飛びたい
天使のような顔のあなたを
もう離れていかないで

それは祈りなのです あなたにこいねがうのは
永遠にたどりつくまで 一緒にいて
世界に向かうのです 努力をするのです
あなたに恋するのです もう一度 
あなたに恋するのです もう一度 

「気」を発振する不思議な翡翠マグ と I love youの日(8月31日) の
青雲舎(株)が日本語への置き換えに挑戦しています。
翻訳は歌の世界を理解するための試みです。
無断転載はご容赦ください。
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    舎人独言には
    ★エロスに変容するバラの寓意
    ★ノートルダム大聖堂の聖なる秘数
    ★オパキャマラドの風景
    ★映画「華麗なる賭け」チェスシーンのセクシーの秘密
    ★名盤「クリムゾン・キングの宮殿」の実在のモデル発見
    ★映画「男と女」サンバ・サラヴァの謎

    といった解読シリーズがあります。

Now and forever などで知られる
リチャード・マークス Richard Marx の作品。
いい作品を世に送り出していますが、そのせいで隠れてしまったのか
この One more time はあまり知られず
日本公演では歌われなかったようです。
でも、知らぬは日本ばかりなり ^^:
バラードの名曲として世界的な評価は高く
ミリアムだけでなく、イタリアの歌姫、ラウラ・パウジーニ Laura Pausini も
この絶品バラードを採り上げています。
(ラウラの方が先に歌ったようですが、やっぱり、この曲は
ミリアム・エルナンデスのものです)

Youtube での動画も、以前に比べると増えてきました。
クリス・レアの And you my love と同じように
いいものはいいですもんね。

ミリアム・エルナンデス Myriam Hernandez  はチリの
というよりアメリカを含めたスペイン語圏の大スターです。
ラテンポップスを代表するディーヴァと言っても過言ではありません。
人気絶頂時に結婚し、子供ももうけてと
順調な人生を送りながら時々、
思い出したように作品を世に送り出しています。

どこか日本人になじむ感覚があるのに、どうして
日本人から振り向いてもらえないのか、不思議でなりません。
正直に評価しないのは、アンフェアだと思うけどな。
知らないから評価できない、じゃなくて
知ろうとしないから、商業主義に洗脳されてしまうことに気づいてほしいな。
自分自身で選び取りたいものです。自信を持って。
その結果として、英語圏の歌を選ぶのは、もちろん、ありですから。

リチャード・マークスのパフォーマンスは
まさしく作者ならではの迫力がすごい。
打ちひしがれた、このせつなさといったら。

ラウラ・パウジーニが一番、という方もいるかもしれません。
動画が一番多いのは、ラウラのパフォーマンスです。
以前はほとんどなかったのに。
特に女性からの共感度が高いようです。
でも、ミリアムのパフォーマンスを知らないのかも知れません。
英語で歌う意味とは、世界に発信できるというメリットですね。

One more time もう一度 あるいは 今ひとたびの。
となれば、どうしたって 和泉式部が思い浮かびます。

あらざらむ この世のほかの思ひ出に
            今ひとたびの 逢ふこともがな

わたしはもう、いなくなるのでしょう。
この世とは異なるところへ逝ってしまう最後の思い出として
もう一度、あなたに逢うことができるなら・・・

この Lady Izumi の秀歌を Professor Mostow  が英語に移しています。
英訳はこちらから拝借しています

Among my memories
of this world, from whence
I will soon be gone,
oh, how I wish there was
one more meeting, now, with you!

平安時代、藤原氏の栄華の絶頂となった
藤原道長のころ、男性を情熱的に愛し、愛された和泉式部の和歌です。
和泉式部は道長の娘の彰子のサロンを華やがせるため
道長が雇い入れた女房でした。
源氏物語の紫式部の同僚というわけです。

才能ある女房が集うサロンは華やぎますから、それだけ
天皇さまの足が向くという仕掛けです。
枕草子の清少納言を擁する(異例なことに)同じ中宮の
定子のサロンがライヴァルでした。
(皇子が生まれるのがもう少し遅かったら
道長はトップには立てなかったでしょう。
しかし、2人をはじめ凄い才能が短期間に集中したものです!)

ミリアム・エルナンデスの「危険な恋」なんてピッタリかな?

王子さまとの素敵な恋を夢見るのは、
なにもシンデレラだけではありません。
まして実際に天皇の御子の、それも
親王としてちゃんと宣下を受けて認められた方なら。

妻問婚で絆があいまいな平安時代の結婚制度でしたが
夫の和泉守・橘道貞がいながら為尊親王に見初められてしまいました。
さすがに身分違いもあって、宮廷社会を騒がせたゴシップとなり
家族から絶縁されてしまいました。さらに複雑なことには
親王が若くして亡くなった後、なんと、その弟の
敦道親王の愛も受け入れていれたことです。
恋愛なのか愛欲なのか、こうした彼女の傾向を道長は
浮かれ女(め)と評しています。
偽書という説がありますが、和泉式部日記はある意味
西洋の恋愛とはまた品変わる日本の色情の世界を描いています。

ともかく、熱い想いを交わした二人の皇子さまでした。
それなのに、病床にあって詠んだ
あらざらむ この世のほかの思ひ出に 今ひとたびの 逢ふこともがな
は、最初の夫である橘道貞へ送ったというのが
与謝野晶子の説です。
もちろん、どの時期に詠んだかが問題です。
もし本当に死を迎える間際に最初の夫に送ったというなら
いったい、人の想いって・・・。

それとも、たとえば為尊親王を失って
心細いと感じているときに大きな病気を得てしまったなら
つい、こんな言葉を送ってしまうことは
現代の女性でもありがちなことではないでしょうか?

もしかしたら、彼女自身は、したたかに愛に生きたというより
ちょっと華やかな夢をみたら、次々に押し流されることになってしまった
という感覚だったかもしれません。
そうした自分を断ち切りたいのか、仏教への思いを深くする和歌が
数々残されています。トスカではありませんが
恋に生き 歌に生きた、かわいい、才能ある女性だった・・・のかな。

女房としての名乗りの和泉式部は、橘道貞が和泉守となったことから
きています。最初はそれでいいとして
女房として勤める最後まで、同じ名前というのは
どういうことでしょうか?
宮中では、最初の女房名を変更できない、という規則でも
あったのでしょうか?
変えてもいいのに、そのままを通したということなら
それなりの想いが残っていたのでしょうか?
道貞に捨てられた形だったということも
想いを残す理由となったかもしれません。
やっぱり、可愛い女性というイメージが強くなってきます。

逢う はこの場合、ただ顔を見るだけでいい、
ということと感じます。

ミリアム・エルナンデスにはまったきっかけがこの曲。
わたしが愛する男

アップテンポの曲も聴かせます。
たきぎと火

「あなた以上の人はいない」と
恋の残り香に浸りながら
別れを惜しむミリアムです。

言わないで それがすべてなんて
あなたは無視しようと思っているから
愛の歳月を
きっと わたしにはできない
あなたを抱きしめ  あなたを止めるなんて
あなたから離れるなんて できない
別れを告げている今 受け入れられないでいる

同じ愛を感じられるようになるなんて
決してないでしょう
絶対に誰にも 心をあげることはないでしょう
だから言ってください わたしは愚かだと
わたしはセンチメンタルだと
もう、そうはならないでしょう
いないのですから あなた以上の人は
もう、そうはならないでしょう
いないのですから あなた以上の人は

センチメンタル

秘密の男

シークレット(ひみつ)など
恋愛にあって男が守るべき3つのSという
ブラントームの言葉があります。
一部の未婚女性を含めて
この3つのSは、既婚女性の名誉を守るためのものです。

ちょうど紫式部や清少納言、和泉式部らが活躍していたころ
フランスでは恋愛法廷が開かれ
恋愛は子供をつくってから、というのが上流階級の常識と
なりました。制度としての結婚は、あくまでも血統を残すため。
個人の感情生活は、その義務を果たしてから、という
なんとも正直すぎるハンケツではあります。
今に影響を及ぼす超強力なジョウシキですね。
でも、時に建前に陥ることがあるとしても
ロメオ & ジュリエット のようにシンプルで一途な思いへの
憧れも続いているのですが。

ミリアムとは、マリアの古い形の名前とは
以前、マリアの語源のページで書きましたね。

ところで、「今ひとたびの」と言えば
「時雨の記」(中里恒子著)が素晴らしいですね。
並みの恋愛小説や、人とあれこれ不倫を話し合っても
これ1冊にはかないません。
風俗など古臭くはありますが、人間の本質に
そんなものは大した意味を持ちません。

「あらざらん 萩の葉かげのうたたねの
かえらぬ旅にたたんとは
今ひとたびの逢うことも
なくてぞもみじ散りにける
時雨ぞもみじ散りにける」

多江が壬生への弔辞としてしたためた
最後の部分です。

ネタバレになってしまいますが
この二人は50代と40代で、再会して2年ほどになります。
ですが、いわゆる、そういった関係にはついぞ、ならずじまいで終わります。
ひとつには相手を大切に思ったからであり、心臓に病を抱えていたのも
ひょっとしたら関係があるかもしれません。
一緒に暮らしたいし、風呂に入れない状態になってからは毎日
香油で拭いてもらっていて、壬生は多江に
「こうしていないと、いざという時、ひけめを覚えるといけない」
などと語っています。

なにもないまま別れる・・・あの「クレーヴの奥方」もそうでした。
言葉は相手に向けて語られると同時に
より多く、自分に向けて発せられ、そうした言葉のひとつひとつが
用材の石となり、綿密な設計図となり工夫ともなって
大聖堂の威容を持つのではないけれど、
見事な建築のような恋愛を築いていました。

この「時雨の記」のやりとりで活躍するのは、言葉ではありません。
重大な役目を担わされるのは
マフラーや籠や菓子器といった形あるものなのです。
多江の日用で、形や色合いの良いものを奪い、返し
また壬生が別のものをあげたりといった
言葉ならぬ形あるもので、やりとりが象徴されているようです。

そのことで、言葉は余分な毒を持ちません。
意思の疎通の役にはもちろん、立つわけですが
言外の意などといった、やっかいな副作用はもたらしません。
あくまでも二人の関係に従っていて、言葉は主役に躍り出たりはしないのです。
だから大きな波乱を呼んだりするような、あやうい道具ではありません。
大聖堂までは無理だけれど、二人のやりtごりは、
青苔が生え、庭木が茂り、吹きこんだ廊下を持つ、心に叶う家を
充分に建てたはずです。

それは、大事なことは口に出さないといった
古風な日本の美意識にぴたりと叶う心の動きです。
わざわざl言葉にするなど、あまり上品なことではなkったのです。
茶室に伝わってきた笹ズレの気配に
「今、風が・・・」と何気ない風で触れるだけで
わかりあえる心情があるのです。

形のない言葉に頼るのでなく、形あるもので想いを交し合う安心感。
建てることばできた家はきっと、穏やかで不動の場所となったことでしょう。
それでも西欧と日本の恋愛の違いはあるでしょうが
この「時雨の記」の中で、日本ならではの恋愛の風景が生まれました。
和風の極上の恋愛譚を、日本は持つことができたわけです。