ジャヴァン サムライ 和訳 スティーヴィー・ワンダー アサイー 諡号

世界の永遠の名曲に日本語訳をつけて応援しています。
魔法? 失われた古代の 不思議 が復活です! 笑顔がはじけていますネ。
2つ目のマグカップの動画です。(弊社PR)

スティーヴィー・ワンダーが素晴らしいハーモニカを披露しています。
この歌の中で「ぼく」が戦っている相手は「欲望」なのか・・・?
愛そのものと欲望は同じものではなく、それぞれ別のもの。
それって、日本人があまり強烈に意識にのぼらせない感覚。
日本人の普通は、与えられた肉体を否定的には見ないし
肉体には欲望が当たり前と思っているから。
だとしたら、この歌の理解は難しいかも。
では全訳です。

アーイ (ああ)
どれほどの欲望が
ぼくの心に可能なものか


  
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ガリレオを支持できましたか? 翡翠マグは?
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翻訳と同じく ありのままを誠実に です^^

 
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アーイ
ぼくを苦しめる
ほとんど殺してしまう
殺さないまでも 傷つけるのだ

行くがいい
ぼくには告げず
情熱の家へ

放っておいてくれ
欲しがるとき
侮辱がもたらされる
そして ぼくの肌に打撃を与える

満ちてくれ 月よ
情熱の深い闇を
照らすために

戦おうとしたんだ 僕は
愛の力に逆らって
だけど 負けたんだ
勝者に膝を屈し
サムライのしもべとなったのだ

それでも ぼくはとても幸せだ
言うじゃないか
愛 それは魅了する
(リピート)

Faltando um pedaço の翻訳はここをクリック

「気」を発振する不思議な翡翠マグ と I love youの日(8月31日) の
青雲舎(株)が日本語への置き換えに挑戦しています。
それは歌が意味する世界を可能な限り正確に理解するための試みです。
無断転載はご容赦ください。リンクはフリーです。

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    ★映画「男と女」サンバ・サラヴァの謎

    といった解読シリーズがあります。

Djavan ジャヴァンと同じく、その器量の大きさで
感動させてくれたのがこの人です。
翻訳は ミルトン・ナシメント 出逢いと別れ
のページで。

ジャヴァンに戻ります。
Samurai は本当に衝撃でした。
ブラジルでは1982年にリリースされました。
こんなメロディ、日本人の誰がつくれるでしょう。
アフロの雄大な大地を感じさせ、それなのに
クールな音楽が洗練さえた形で提供されていて。
すごい感覚だなぁと、Djavan によって
ブラジル音楽 MPB にますますのめりこむことになりました。

前作の出来が素晴らしくて
あのスティーヴィー・ワンダーが一緒に共演したい
と申し出て実現したのが
お聴きになるとおりのハーモニカです。
アルバム Luz 光 に収録されています。

スティーヴィー・ワンダー I Just Called To Say I Love You の
日本語訳は スティーヴィー・ワンダー 舎人独言 のページで。

知名度の低かった ジャヴァン の名前は、
スティーヴィーのおかげで、一気に
世界的となりました。もちろん日本もですが。
(その割に知られていないけど)
ともかく、あのスティーヴィー・ワンダーが才能を認めた
スティーヴィー・ワンダーがハーモニカで参加している
が、「売り」になったのですから。

実は、あるFMラジオ番組にリクエストを出したことがあります。
サムライ が流れた後、女性ディスクジョキーさんは
「フーッ、カッコいい♪」と、センスのいいところを見せてくれました。

ところで、サムライ08とい真っ赤な
濃厚なバラがありますね。
プロポーズに最適なんだそうです♪
サムライ、いろいろあります^^

Faltando um pedaço

翻訳がありますので、検索してみてください。
息の長いメロディがこれまた、魅力です。
アフロの遺伝子も感じます。

Nvula Ieza Kia (A Chuva já Chegou) – Humbiumbi

アイデンティティの確認と言うべきなのでしょうね。
アフロの繊細な感覚を体験できます。

Sina 運命

この歌詞の中で caetanear という言葉が出てきます。
カエターノ・ヴェローゾのことです。
カエターノ風にする といった意味です。
そしてカエターノもこの曲を取り上げているのですが
その部分は djavanear つまり
ジャヴァン風にする と代えて歌っています。
歌による交歓、うらやましいですね。

Açaí アサイ

健康飲料として知られるようになった
ブラジルはアマゾン原産のアサイー椰子のことです。
ビタミンEが豊富で
ブラジルでは女性だけでなく
男性も食事として摂るそうです。
力が出るそうですヨ。

95㌫のジュースを飲んだのですが
味にこれといった特徴はなく
色合いといい、小豆を砂糖や塩で
味付けしないまま煮ていった感じ・・・。
本来は苦味があってシュガーを加えるそうです。
この曲を聴いたときは、まったく情報がない時でした。
どんな味の果物だろう?って
彼の地に思いをはせた時代とは、様変わりですね。

Luanda

アフリカ大陸はアンゴラの首都のことを
歌っています。

ミラージュ

Luz の次の Lilas に収められていました。

前作のアルバムがまた素晴らしく
それは
Faltando um pedaço
Nvula Ieza Kia (A Chuva já Chegou) – Humbiumbi
Luanda  でお聴きになるとおりです。

ジャヴァンの素晴らしさは今の日本の音楽シーンに照らしても
まったくフレッシュさが劣化していないことです。
日本の音楽ファンにとって、いいことか、悪いことかと言えば
きっと、ダメな証明となってしまうのでしょうが。
いろいろ工夫やら試みやらをしているし
それなりの変化もあるのでしょうが
何か、日本人の感覚としての予定調和の範囲内
と言う気がします。
音楽も想定の範囲内って、ヤバイんじゃない?

その点、「美しい風船」を紹介したゴンザギーニャとか
ブラジルのシンガーソングライターたちは、
軽々と予定調和の枠組みから離脱し
天地ほどに異なる感覚を魅せつけてくれます。

サムライは、神秘の国、日本への憧れなのでしょう。
カエターノの歌には、ゲイシャが出てきたりしています。
ネットが発達していないときは
美しい誤解というものが生まれやすかったのです^^

そんな感覚を逆手にとって
SAMURAI,FUJIYAMA, CUPNOODLE
の CM に侍が出てきますね。
現代の刀は光る棒で
光る棒を振り回して主君に忠誠を誓います
だそうです^^

サッカーのW杯ではサムライ・ブルーが言われ
野球でもサムライ・ジャパンと、Samuraiは
日本を代表する戦士の意味で使われていますね。

マンハッタン・トランスファーによる Sina のカヴァー。
タイトルは Soul food to go だそうです。
お口にあうソウルフード ってところかな?

彼らが採り上げたということは、
ブラジルから吹いてきた
ジャヴァンというフレッシュな風を
とても心地よく感じることができた
ということなのですね。

いつもながらの余談ですが。
太平洋戦争前の1931年
映画化された小説で「侍ニッポン」
という作品があり、その音楽も大ヒットしました。

人を斬るのが侍ならば
恋の未練がなぜ斬れぬ

ジャヴァンとは当然ながら、全然違いますが
西條八十(さいじょう・やそ)の作詞です。
さすがにうまいですね。

本筋の詩人でもあった西條八十のもとへ、
ある学校の校長先生が訪れ、依頼をしました。
「流行しているトンコ節とか、最近の歌は低俗でいけません。
先生、、ぜひ、うちの学校に校歌をお願いします」
すると、西條
「トンコ節も、わたしがつくりました」

ねぇ、トンコ トンコ とか、ちょっとなまめかしくて
ずっと年上の大人の世界と感じたものです。

ところで尾張徳川家の21代当主 徳川義宣(故人)と
二度、お話させていただいたことがあります。
その著作に、合宿だったか、臨海学校でだったか
みんなで腕を振り、このトンコ節を歌ったとありました。

氏は、今上様のいわゆる学友で
やはり著作に、今上様のあだ名も記されていました。
チャブー といったのだそうです。なぜかって?
臨海学校で、蚊遣りの陶製のブタが茶色で
畏れ多くもその顔が似ているからって・・・。
今上様は嫌な顔もせず、ニコニコされていたそうです。
さすがに王者の風格というか、余裕の大度量ですね。
平成の世の弥増して末永いことを祈念申し上げます。

以前、昭和天皇がご存命なのに、昭和天皇と書いた
記者がいました。これはヒドイ間違いですね。
昭和の天皇 なら、「の」一文字で、まだ救いようがありますが
戦前なら不敬罪そのもの。だって、昭和天皇というのは
諡号(しごう)であって、皇位を嗣いた新しい天皇が
先の天皇に贈る名前です。つまり、そんな表記は既に
崩御されたことを意味してしまうわけです。
誰だって不愉快でしょ?

最後に。
最近、ジャヴァンを検索してアクセスする方が
増えている感じがします。
ジャヴァンの感覚をようやく日本でも広く認めるように
なったのかな?