カエターノ・ヴェローゾ 和訳 カルロス・リラ 最も美しいもの ボサノバ MPB 

世界の永遠の名曲に日本語訳をつけて応援しています。
魔法? 失われた古代の 不思議 が復活です! 笑顔がはじけていますネ。
2つ目のマグカップの動画です。(弊社PR)

最上の美しさとは君    
そうなんだ 僕は誓う    
まさしく君のこと    
なぜ君が最も美しいのか     
その理由を ぼくが知ることはない  

 
 
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花よりも美しいのは君    
願わくば 花の春を        
すべては この美しい香りにあった    
すなわち 愛    
女性という姿で    
自然の中に芳香を漂わせ 

君のように美しい花は ありはしない
それで 色彩も君ほどに美しくはない
そして 愛
愛も 君ほどに美しくありはしないのだ

「気」を発振する不思議な翡翠マグ と I love youの日(8月31日) の
青雲舎(株)が日本語への置き換えに挑戦しています。
それは歌の世界を可能な限り正確に理解するための試みです。
無断転載はご容赦ください。リンクはフリーです。
 

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    舎人独言には
    ★エロスに変容するバラの寓意
    ★ノートルダム大聖堂の聖なる秘数
    ★オパキャマラドの風景
    ★映画「華麗なる賭け」チェスシーンのセクシーの秘密
    ★名盤「クリムゾン・キングの宮殿」の実在のモデル発見
    ★映画「男と女」サンバ・サラヴァの謎

    といった解読シリーズがあります。

しかし、なんと素晴らしい女性賛歌でしょう。
フェミニズムを象徴するかも。
「春」「わたしの恋人」をつくった
カルロス・リラの名作のひとつです。
(一番下に 春~わたしの恋人 の動画を入れておきます.
日本語訳は ボサノバ 名盤集 クァルテット・エン・シー のページで)

作詞は、例によって、ヴィニシウス・ジ・モラエス。
歌っているのはブラジルを代表するとともに、
ブラジル歌手の中では日本で最も人気があると思われる
カエターノ・ヴェローゾ。

シンプルな言葉遣いの中に、
キラリとするものをやはり隠しています。
健やかなエロティシズムの香りが、
花となって匂いたちます。
カルロス・リラは、ボサノヴァは女性を賛美する
ヴィニシウスの歌詞を見てごらん
みたいなことを言ったと記憶しているんだけど
この歌なんか、まさしく、でしょ?
(でも、結婚を9回したってことは、8人には
優しくなかった気がしないでもないんだけど。
ご人徳なのかなぁ?
ま、行動が気持ちと裏腹になっちゃうことも
確かにあります。)

音楽のアレンジも、この詩に合わせていて、
この名曲の数あるパフォーマンスの中で
最良のものとなった、と言えないでしょうか?

イギリスの詩人、ジョン・ダンのソネットについて
カエターノが曲をつけている、と書いたことがあります。
特に印象的な2行が次のフレーズです。

Licence my roaving hands,and let them go,
Before,behind,between,above,below.

 さまよう僕の手に君の許しあれ
そして 二つの手は巡って行く
前に、後ろに、間に、上に、下に

カエターノもまだ若かったせいか、
うまく音楽として表現できている
とは思えませんでした.
今、この「最も美しいもの」こそ
彼にとっても異例の音楽空間としても
「熔(と)けあう」ことを表現していて
ジョン・ダンの世界にふさわしいと感じます。

翻訳では、随所に出てくる assim を
どう捉えるかが決め手のようです。
たとえば最後の連は

por que tão linda assim
não existe a flor,
nem mesmo a cor, não existe
e o amor, nem mesmo o amor existe.  とあります。

Assim は、このように、こんなふうにほどの意味ですが、
ここでは、目の前にいる女性の容貌について
こんなにも綺麗 と言っています。
たとえば、目の前にいる女性の容貌はとても綺麗で
こんな君のような綺麗な花はない、と言っているわけです。
で、次の行にもかかっているから、影響があって、
色彩をとってみても、君ほどに綺麗じゃないとなります。

さらに、「そして 愛」。
愛も君ほどに綺麗じゃない、とつながっています。
恋愛の只中にある男性のシンプルな真実です。
ヴィニシウスの女好きが、こんな風に昇華しているんですね。
また最初の連では、Assim を、そうなんだ
と訳しています。

2013年11月24日現在、上記のほか、
「なぜ君が最も美しいのか その理由を ぼくが知ることはない」 
「願わくば」などの解釈も、
ネット上ではほかに確認できませんでした。
相当な違いなのですが。

タイトルの「coisa mais linda」は
翻訳すれば「最も美しいもの」となりますが
「若い女性」という言い回しなのだそうです。
なるほど。
あの「イパネマの娘」の歌いだしが
Olha que coisa mais linda でした。
見ろよ すごくキレイな娘(こ)だぜ って、
ブラジルならではの、
あからさまだけれど健やかな価値観だなぁ。
ヨーロッパでは、こうはいかない。

海岸から少し離れた喫茶店でたむろしていた
ヤローどものなんでもない日常から
あの名曲が生まれたのですが
今は、その孫が、まわりのヤローどもを
ブイブイ、言わせているとか聞きます。

bonita と linda と、二つの「美しい」が出てきます。
と言うか、もう、歌いだしからして、タイトルと似て非なる
coisa mais bonita です。既成の
coisa mais linda 最も美しいもの=若い女性 
を下敷きとして利用しつつ、
手あか感がついた感じの lindaを避けて、
bonita を使っているのではないかしらん?
やっぱり、ヴィニシウスは、気を抜かせてくれません。

linda って、bonita より正統的な美しさを感じさせます。
Cielito lindo なんて歌は、bonito ではいけないのでしょう。
bonita は、かわいいというニュアンスも含んでいるようです。
あるサイトを拝見したら、
linda は bonita と比べて、内的な美しさをより伴うようです。
まぁ、言葉というものは
使われているうちにすりきれます。
たとえば、本来は武士の妻女を指す 奥様 が
奥さん となって
三流のよろめきドラマで使われるように。

美しいは、正式には hermosa
セクシー系の美しさは guapa でしょうか。粋な感じ、ですね。
脱線ついでですが、台湾のことを Formosa フォルモサ
と英語圏で表記することがあります。
あれは遭難したポルトガル船の乗組員が
ようやく島影を見つけて、命を助けてくれる島ということで
なんと美しい、と言ったことにちなむ、
と読んだことがあります。

さて、話を戻します。
舎人にとっては長く、Bossa nova ボサノヴァNo. 1 の名盤だった
カエターノ・ヴェローゾのパフォーマンスです。今だって
この陶酔感というかウットリ感だけで評価すればNo. 1かな。
ウットリとしてしまって、もうそこから出ようなんて
まったく思わず、確信をもって愛を語って不思議とは思わないことでしょう。
それでいて、この清潔感。
見事な様相を示す性愛と言うべきでしょう。
矛盾するものが矛盾しないで共存しています。
仏教で言うなら、清浄歓喜(しょうじょうかんぎ)の世界が実現しています。
ニルヴァーナ空間ですね。

ジャケットでは、奥さまとキスしていたけど
その後、離婚したそうで・・・・。
あのきれいな人が、 二人目の奥さんの
パウラ・ラヴィーニ Paula Lavigne かな。
うーん、難しい。
ゲンズブールが書き、フランス・ギャルが歌った
「夢見るシャンソン人形」にあるように
「本当の恋なんて歌の中だけよ」
なのでしょうか???

(フランス・ギャルは、隠された歌詞の性的意味に気づいて
後に怒っていました。あの マイ・ウェイ を
別れた恋人 クロクロ に作らせた女性です)

ボサノヴァの名品の判断基準として、
どうしたって外せない要素・・・。
印象派譲りの浮遊感とかいろいろ言われますが、
実は 沈黙の存在 沈黙の扱い方 だと思っています。
そんな 沈黙 が、それぞれの作品で
ちゃんと存在を主張しています。
ボサノヴァの音、と言うより
ボサノヴァの音韻と呼ぶほうが適切と思われるのです。

日本は世界的にもボサノヴァが盛んに聴かれる国
なのだそうです。
日本の伝統芸能の影響で、実は、日本人は
ボサノヴァを聴く能力がそもそも備わっているようにも思えます。
それは、たとえば
お能の楽器、とくに打楽器、小鼓、大鼓、太鼓 の存在です。
それぞれ音色は異なりますが、その場を一撃の音で
切り取り、区分けして、視覚では捉えられず
日常では隠されているものを一瞬
垣間見せてくれるかのようです。

その切り取る音は、ちょうど日本庭園にしつらえられた
鹿威し(ししおどし)のように、むしろ音を聞かせるのではなく
その音が立ち現れることで意識される
音の回りの音空間の存在ではないでしょうか?
一撃の音の音色によって、
その音空間の沈黙の属性も
柔らかいとか硬いとか、異なって聴こえるわけです。
そんな風に、日本人は、静寂(しじま)の音に耳を傾けて
やすらぎと寛ぎを得るとともに、
奥深い人生を生きるために必要な何かを
学び取ってきたのではないでしょうか?

ひとつの音にすべてを聴く、といった感性。
一音成仏(いちおんじょうぶつ)と表現される感性
とボサノヴァとの親近性が
世界でも例がないような日本人のボサノヴァ好きの背景。

お能や鹿威しでつちかった、さまざまな沈黙を聴く能力が
ボサノヴァを聴く能力につながっている、というのが
愚見に過ぎませんが、舎人のボサノヴァ論の核心です。
(ボサノヴァと「ししおどし」のコラボなんて、記事がありましたが
意識的に指摘している方はあまりいないようです)

さらにさかのぼれば、次のようなエピソードもあります。
平安時代、眠っていたある貴族が突然、目を覚まし
隣に寝ている女性に、今、なんどきか?と訊ねたと言いいます。
時計などありませんが、女性はかたわらの琵琶を手にして
弦を鳴らし、耳を傾けます。
琵琶の音と空間の感覚、
どのように響きあうかで、何時かと知ろうとするわけです。
それで、時間を探し当てて答えると
貴族は、「そうか」と、また寝入ったとそうです。

貴族の男がなんの不思議に思わないのですから
それは特殊な能力などではなく、言ってみれば
糸竹(しちく)の調べの響き方で時間を測ることが
平安社会の常識となっていたのですね。
そうした感覚は本来、どの民族も持っていたのでしょうが
現代化の過程で、次第に影を潜めていったのでしょう。
日本人がまだ、そんな音空間を聴き分ける能力を保持しているのは
やはり、聴覚では伝統楽器、視覚では庭園といった
引き算の美学を持つ日本文化の伝統の力なのでしょう。

そしてそういう沈黙の音を聴くことができる人こそ
同じ心を持つ人として、語るに足る友人となったのではないでしょうか?
茶室の外で風が竹の葉を揺すったとき
「今、風が・・・」と言葉を向けさえすれば、それだけで
無常の心まで相手と共に出来る・・・。
徒然草の 「同じ心ならん人としめやかに物語して」とは
そんな理想の形でしょう。

実は、ボサノヴァとは畢竟(ひっきょう)、沈黙である
と以前、あるブラジル人に話したところ
握手を求められたものでしたが・・・。

ところで、ジャズ系で演奏されるボサノヴァと
ブラジルのボサノヴァと、ちょっと違うと感じられます。
音楽空間を切り分けるリズムが、ドラムスでなく
ギターで演奏されたりするからです。
で、このカエターノのパフォーマンスでも
柔らかなな世界をつくっていて
まったり感、陶酔感をまったく邪魔していません。
リズムを強調して
「これはボサノヴァだ」などと声高に主張せず
むしろ、隠し味に使うんですね。

その柔らかなリズムによる割り方だから
こんな「熔けあう」音楽空間が可能となるのでしょう。

柔らかなボサノヴァのリズムを、
カエターノの So in love で。

以前、一番にお薦めのボサノヴァは?と訊かれて
カエターノの「最も美しいもの」を連絡したのですが
どうも、お気に召さなかったようです。
ボサノヴァというと、もっと歯切れよく
ドラムスなんかで軽快にリズムが・・・なんて先入観があると
この曲ではムリかもしれません。
でも、歌の意味がわかると、どうでしょうか?
このまったり感が、納得できるのではないでしょうか?
その点、翻訳しただけの価値はあるかなと自負するのですが。

MPB( ムジカ・ポプラール・ブラジレイラ)の雄であるカエターノ・ヴェローゾ。
ボサノヴァに限ったアーティストではありませんが
ボサノヴァが似合うことは、お聴きのとおりです。
彼の歌う声に、静謐(せいひつ)を感じさせる何かがあって
それで、ボサノヴァとうまく響きあうせいでは?と思うのですが。

実はカエターノでは、こんな歌を訳したいと思ってはいますが
さて、いつになることやら。

Sonhos

Sina

Coração Vagabundo

ところで、ボサノバかボサノヴァか
表記に揺れがあって、悩むところです。
国語審議会は確か、 ヴ という音の表記を
長く認めてきませんでした。
今は容認しているようですが、ウィキによると
小学校では今も、 ブ と表記するように
求められているようです。

確かに日本語本来の音ではないから
ヴァイオリンではないし、ボサノヴァではない
のかもしれません。
でも、ヴァイオリンもボサノヴァも
日本の外から来たんだよね?

舎人が勤めていた全国紙では
スタイル(用語例)によって
ボサノバとしか表記できませんでした。
記者によって、揺れがあってはいけないからです。
ベートーヴェンも、ベートーベン です。
しかし、しまらないなぁ、とは思うのです。

Você é Linda   君は美しい
この曲はボサノヴァ?
ギリギリで入るのかも、少なくとも精神は。
好きです。

VOCÊ NÃO ME ENSINOU A TE ESQUECER  忘れることを教えてくれなかった君

これはボサノヴァじゃないけど、好きです。
失恋ソングもいいですね、