エリザベート 和訳 私だけに I belong to me 一路真輝 オク・チュヒョン

世界の永遠の名曲に日本語訳をつけて応援しています。
魔法? 失われた古代の 不思議 が復活です! 笑顔がはじけていますネ。
2つ目のマグカップの動画です。(弊社PR)

わたしの育ちは良くはないでしょう  
従順でも おとなしくもないでしょう  
着実でもないでしょう  
奴隷になる用意は整っていないし  
あなたの財産になりたいとは思わない  
なぜって わたしは わたしだけのものだから   


 
★舎人独言にどんな音楽がある?を探す
ミュージックリスト(目次.クリックできます)はこちら。

ガリレオを支持できましたか? 翡翠マグは?
今まで見たこともない翡翠の プチ不思議 は23秒から。
皮膚トラブルで貢献できるケースだってあります(この行をクリック)
翻訳と同じく ありのままを誠実に です^^

 
綱渡りをしている時には  
どうか止めないで やらせてみてください 本当に  
チャンスをつかみたいのです   
わたしを飛び立たせるものを 見出したいのです  
あなたが同意してくれるものか わたしはまったく気にならない  
なぜって わたしは わたしだけのものだから    

あなたの整列体制で わたしを配置につけようとするなら  
それは わたしに強制を強いること  
あなたをひとりぼっちにしておくという 
あなたが わたしを変えようとするなら 
わたしは 台無しにしてしまうだけでしょう 
わたし自身であろうとして  

わたしは凍りつく わたしは燃え上がる 
棚にまつりあげるなんてできない 
わたしは成長している わたしは学んでいる 
もっともっと自分自身であるために 
縛りつけられない 簡単ではないとはわかっている 
でも わたしは わたしだけのもの  

負担を感じるのはいや  
義務や古くからの誤った因習で 
たくさんの目にさらされるような 
触れ合いには 耐えられない 
わたしは群集から逃げる 苦痛に満ちて  
わたしはただ わたしだけのもの  

わたしにいてほしいなら きつくは拘束しないで 
わたしをくじかないで 競ったりしないで 
わたしを所有したいなら 
わたしには戦う準備がある 
わたしを縛る鎖を振り放ち 行ってしまうことでしょう!  

わたしはここにいます あなたがわたしを必要とする時に 
わたしは生き 死にます あなたとともに 
わたしはわかちあいましょう あなたのトラブルはすべて 
わたしは笑うでしょう 泣くでしょう あなたとともに 
わたしを責めていい 祝福してもいい 
でも わたしを所有することはできません
なぜって わたしは わたしだけのものなのです 
わたしだけの! 

「気」を発振する不思議な翡翠マグ と I love youの日(8月31日) の
青雲舎(株)が日本語への置き換えに挑戦しています。
それは歌が意味する世界を可能な限り正確に理解するための試みです。
無断転載はご容赦ください。リンクはフリーです。

美しいバラード名曲集はここをクリック

フレンチ・ポップス 名曲30選 のページはこの行をクリック

クラシック曲を歌ったポップス名曲集

隠れたメロディの宝庫・ラテンポップス名曲集

ミュージカル名曲集はこちらの行をクリック

美メロ・デュエット名曲集はこちらをクリック

シャンソン名曲集1はここから

40を超える動画で紹介するボサノヴァ名曲集はここから

45の動画で紹介するサンバ名曲集はここから

25の動画で紹介するウェディングソング隠れた名曲集はここから

おしゃれなデートソング名曲集はここから

オールディーズ名曲集1はこちらから

35の動画で紹介するクリスマスソング名曲集はここから

K-POP名曲集1はここから

    舎人独言には
    ★エロスに変容するバラの寓意
    ★ノートルダム大聖堂の聖なる秘数
    ★オパキャマラドの風景
    ★映画「華麗なる賭け」チェスシーンのセクシーの秘密
    ★名盤「クリムゾン・キングの宮殿」の実在のモデル発見
    ★映画「男と女」サンバ・サラヴァの謎

    といった解読シリーズがあります。
 
ウィーン発のミュージカル「エリザベート」から
I belong to me です。
直訳するなら わたしは、わたしに所属する です。
映画の中の英語詞を翻訳しています。

エリーザベトと表記するほうが原音に近いそうですが
ここは慣習どおりに。
シシーという愛称を持つオーストリアの皇后さまですが
15歳でしたか、若くして見初められ、皇帝のもとに
嫁いだものの、「わたしの自由は永遠に失われた」と
嘆くほどのカゴの鳥状態でした。
本人の受け取り方もあるのでしょうけれどねぇ。
姑の厳しい指導もあったようです。

母親と嫁との間でなにもできない皇帝でしたが
エリザベートには甘かったようです。
結局、シシーは皇室のしきたりを次々に破っていきます。
ペットの犬を連れて宮廷を散歩し、写真を撮るにしても
夫や家族とではなく、愛犬と。

ウィーンが嫌で機関車皇后とあだ名されるほど
ヨーロッパ各地を歴訪します。
一年のうち四分の一程度しかウィーンにいなかった時期も
あったようです。
それに熱烈なラヴレターを夫からもらっても
ほとんど返事は書きません。
挙句、皇帝の無聊を慰めるために芝居の女優を
愛人にと夫に取り持ったりもします。
I belong to me は、よく言えば自主独立
悪く言えば、身勝手でしょうか。

シシーといえば美の神様と称賛されたほど。
で、その努力が凄い。
宮廷内にジムをつくって運動を欠かしませんし
ダイエットは肉を食べず、絞って血だけを摂るほど。
ウェスト50センチをキープして、ミツバチのような
体形を維持します。でも・・・
50歳ごろ、急に肌にシワんでしまうなど
無理なダイエットの影響とも言われているそうです。
美しさのためには努力を惜しまないとはいっても
ほどほどがいいのでしょうね。
ほどほどとは、美しさもほどほどというわけで
そんなものには我慢できないのかもしれないけれど。

そんなシシーでも甘いものには勝てないというのは
なんとなくホッとするエピソードです。
石壁の一部をくりぬいて、お忍びでカフェに通い
お気に入りのケーキを楽しんだなんて
嬉しいお話ですね。

1つ目の動画は映画、2つ目の動画は
各国の舞台でエリザベートを演じるヒロインたちの勢ぞろいです。
華麗なステージですが、日本からは当たり役だった
元タカラジェンヌの一路真輝さん、韓国からは
元ピンクルのオク・チュヒョンが招待されています。
一路さん、宝塚大劇場ではないとはいえ
損なパートで、ちょっとお気の毒です。
わたしはトップよ とは言えやしないものなぁ。

せっかくですから、もう少しタカラヅカを楽しみましょう。
娘役、花總まりさんのパフォーマンス。

あっと、ピンクルはガールズグループの元祖のようなアイドル4人組で
オク・チュヒョンは歌のうまさでメンバー入りし
解散後はミュージカルで活躍を続けています。
またプロ歌手が真剣勝負で競う
「わたしは歌手だ」でも圧倒的なパフォーマンスで
審査員団をうならせてもいました。
一路さんの右隣の白いドレスの女性です。
しかし、なんで額縁の大きさが違うのか。
それに豪華すぎるステージというか
もったいなさ過ぎるでしょう。

Pia Douwes

オク・チュヒョン

元アイドルグループ ピンクル で
ヴォーカル担当だった彼女。
「ユ・ヒヨルのスケッチブック」に
出演したときのパフォーマンスです。
立派です。
お客さん、寒気を覚えるほどだったんですね。
こんな風に歌いだしています。

わたしはイヤ こんな生き方
鳥かごの中の鳥のような
わたしはイヤ こんな生き方
人形のようなわたしの姿
わたしは あなたの所有物じゃないの
わたしの主人は わたしよ

エリザベートは、本当の発音は
エリーザベトのほうが近いのではないでしょうか?
でも圧倒的にエリザベートでなじんじゃったから
ま、仕方ないか。

エリザベートはオーストリアの隣国、バイエルンの出身。
姑のゾフィーもバイエルン出身で、伯母姪の間柄です。
王室に生まれた王女にとって
「嫁いで初めて人となる。寡婦となって初めて自立する」
と言われた時代の常識というものがあります。
I belong to me は、その常識に反発して
自己主張のオンパレードでしたが
「義務や以前からの誤った慣わしで」がんじがらめになるのは
自分らしくない生き方と我慢ならない、ということなのでしょう。
まぁ、あれだけしょっちゅう主張していないと、いつの間にか
埋没させられ、自分というものを失うことになる
という危機感があるんですね。

ところで、このゾフィー。烈女ぞろいのハプスブルク家でも
強烈な個性の持ち主。なんせ、皇帝である、夫となる男の兄に
嫡子がいないから嫁いだ、と言われる女性です。
いつかは、自分が生むだろう息子に帝位を継がせる目論見でした。
手ごわい姑になること必定なんです。

1848年2月、フランスでは
国王ルイ・フィリップが退位してイギリスへ亡命し
第二共和制へと労働者階級の権利が大きく伸張します。
この影響を受けてオーストリア帝国でも3月革命が起き、名宰相として
ウィーン体制を確立したメッテルニヒがイギリスへ亡命。
帝国の一部であるチェコでもスロバキアでもハンガリーでも
キナ臭い革命騒動で混乱の真っ只中にある政治情勢だったのです。

そこで、帝国としては、皇帝を変えることで帝国臣民の目を逸らそうと
若さというイメージで大衆も支持が得られそうな
18歳の青年皇帝を誕生し¥させます。
これがフランツ・ヨーゼフ1世。
エリザベートの夫です。
治世は以後、68年に及びます。
(没後2年でハプスブルク家は崩壊)

しかし、なにしろ影の女帝といわれる母、ゾフィーがいます。
教育ママによる教育とはつまり、帝王になるためのもので
つまりは帝国への奉仕者となることを刷り込ませるものです。
で、自分というものを持たない、持っていても主張しない
敢えて私情を殺し、なすべきことをするしかない
という皇帝ができあがりました。
エリザベートの夫とは、そんなガチガチで、煮え切らない男性なのです。
(でも、恋人としてなら、なかなかに誠実では?)

手塩にかけて育てられた男の子にとって、母の言うことは絶対です。
障害にただひとつ、逆らったのが
幼くして見初めたエリザベートとの結婚です。
晩年、ウィーンとブダペストと別居をつづける間
皇帝は皇妃エリザベートに心のこもったラヴレターを送っていますが
母との関係では、エリザベートの力になることはなかったようです。

後の皇太子ルドルフが生まれれば、教育はエリザベートではなく
ゾフィーが仕切ります。
そうやって、エリザベートは政治的にも家庭的にも
ウィーンでの居場所を失い、最後はハンガリーに居を構えるとしても
流転の皇妃などといわれるほど、各地を旅して回ることになります。
間にはさまれた無力な夫は、黙認しかありません。

フランツ・ヨーゼフ1世の弟はフランスのナポレオン3世に担がれて
なんとメキシコで虚しい皇帝となり、結局、銃殺されてしまいます。
弟にはしっかりと皇位継承権の放棄をさせていた兄でしたから
その死が政治的に大きな混乱を起こすことはありません。
ですが、母ゾフィーには衝撃だったようで、ようやく
エリザベートも息ができる環境が整ったようなのでした。

ただ、どうでしょう? 実際は。
「わたしはわかちあいましょう あなたのトラブルはすべて」は
難しかったんじゃないかなぁ。
皇太子にも政治へ口出しをさせなかった皇帝ですし
スマホもない時代に、あれだけ別居生活を続けています。
革命つぶしと皇帝の権威の確立・皇帝を国体護持の要とする
体制強化に懸命な夫への寄与など、できるものではないでしょう。

しかし、あの運動室といい、血をしぼる圧搾器といい
ダイエットに命をかける執念は、どうしたものでしょうか?
なまじ絶世の美貌に生まれただけに、その美貌に執着したのでしょうが。
エリザベートはオカルトを本気で信じていたようですが
むしろ、美貌から呪いをかけられた
と言いたくなる凄絶な奮闘ぶりではないでしょうか?

そんな彼女が壁に空けた抜け道を使って
ウィーンの街中へお菓子を食べに出た
というエピソードは、なんともホッとさせられるものです。